日本の貿易額(輸出入総額)が翻訳業界と密接な関係にあることは言うまでもありません。
財務省貿易統計のページ(→ http://www.customs.go.jp/toukei/info/index.htm)から数字を拾ってきて、Excelでグラフを作ってみました。
まずは1950年から2008年までの「輸出入総額」を年別にグラフ化したものを見てみましょう。
日本の貿易額は戦後ほぼ一貫して成長を続けていますが、中でも1972(昭和47)年から1985(昭和60)年までの13年間と2004(平成16)年から2008(平成20)年までの5年間の急上昇が目立ちます。
1972年におきた出来事を調べてみました。
1. 札幌オリンピック開催
2. 連合赤軍の浅間山荘事件
3. 川端康成自殺
4. 沖縄返還
5. 田中角栄が総理大臣になり「日本列島改造論」を発表
6. ミュンヘンオリンピック開催
7. 田中首相、中国を訪問
8. 中国政府寄贈の2頭のパンダが上野動物園に現る
当時私は中学2年生~3年生だったのですが、これらの出来事が昨日のことのように思い出されます。なにせあの「列島改造論」が出てきた年ですから、世の中全体がイケイケドンドンだったことは容易に想像できます。そのムードの中で日本の輸出額は急上昇し、稼いだ外貨でどんどん輸入額も増えていったのでしょう。
一方の1985年ですが、忘れもしません。プラザ合意の円高ショックが始まった年だからです。日本の輸出企業はあまりに急な円高に対応ができず、景気は低迷し、翻訳業界にも深刻な不況が訪れました。
しかし強い円は結果的に日本の国力を高め、安くなった輸入品は人々の消費意欲を大いに刺激し、未曾有の大好景気(バブル経済)を作り出します。
改めてこのグラフを見てみると、バブル経済(87年~90年)の間、日本の輸出入総額は低迷していたことがわかります。円高による内需拡大は、あえて日本の貿易増大を必要としなかったのでしょう。
つまり「貿易立国日本」は貿易が低迷しても、内需さえ拡大できれば、国民生活は改善できるということを示唆しています。現在の日本とは大違いです。
1990年のバブル崩壊から失われた10年が始まります。その間日本の景気は低迷し、他の先進国から日本だけが置いてけぼりにされます。当然、日本の貿易額も低迷します。
しかし、今世紀に入った頃から、特に中国経済の急成長とアメリカのバブル消費によって日本の貿易額は再び急上昇を始めます。翻訳業界にも再びブームがやって来たわけです。
そして2008年9月のリーマンショックに始まった「世界同時不況」は、世界経済に大打撃を与え、日本の輸出産業もかつてないほどのダメージを受けることとなります。
下のグラフは、2007年10月から2009年8月までの日本の輸出入総額の月額(速報値)を示したものです。やはりリーマンショック後、貿易額全体が“つるべ落とし”になり、その後底を這っていることがこの図を見てもよく分かります。
最後に「日経平均株価」のグラフを下記に掲載しておきます。1989年12月にピークをつけた株価は直後に急降下し、その後長期にわたり低迷を続けます。
日本の輸出入総額のグラフもこの「日経平均株価」のようにならないよう願っていますが、その可能性も高いと感じています。
今後企業のグローバル化はますます加速し、業務のアウトソーシングも積極的に行われていくはずです。したがって世界的に見れば翻訳業そのものの需要は減ることはないと考えていますが、同時に日本の翻訳業界は、厳しい構造不況の中、絶えざる革新を続けていかなければ、厳しい生存競争の中で生き残っていけなくなるでしょう。