水泳 1,500メートル自由形 世界記録とワンビート

リオデジャネイロ・オリンピックでは、様々な競技で様々な名場面が生まれましたが、ここでは私の大好きな水泳長距離の話題について触れたいと思います。

今回のオリンピック、男子1,500メートル自由形では、イタリアのグレゴリオ・パルトリニエリ(Gregorio Paltrinieri)選手が見事金メダルに輝きました。

オリンピックではいつもそうですが、日本のマスコミは、日本人選手が活躍しない競技はほとんど話題にしないので、多くの日本人は彼の名前すら知らないでしょう。

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しかし今回私はその決勝レースをテレビでライブ観戦し、とても感銘を受けたのです。なぜなら優勝したパルトリニエリが、最初から最後までワンビート・キックでぶっちぎり、最後は独走(独泳?)状態でゴールしてしまったからです。

水泳のクロールでは、左右の手で「いち・に」とふたかきする間に脚を6回キックするシックスビート・キックが基本です。特に短距離・中距離ではシックスビートは必須で、推進力の半分をプル(腕のかき)で、半分をキック(脚のかき)で得ると言われています。

しかし人間の脚の筋肉は腕の5倍あるそうなので、脚を使えば使うほど心肺機能に負担をかけ、疲れやすくなります。そのため長距離を泳ぐときには、できるだけ脚を使わず腕を中心にして泳ぐ、いわゆる省エネ泳法を採用することになります。腕8に対して脚2ぐらいの割合でエネルギーを配分するのです。

ところで、ツービート・キックと言えば、オーストラリアの水泳選手、キーレン・パーキンス(Kieren Perkins)の美しいキックが有名でした。

キーレン・パーキンスは、1992年4月に1,500メートル、14分48秒40という世界新記録をツービート・キックで樹立し、その後自らの世界記録を2度塗り替えました。そして1994年8月には、長きにわたり破られることのなかった、14分41秒66という世界新記録を打ちたてたのです。

しかし、2001年7月、同じオーストラリアにグラント・ハケット(Grant Hackett)選手が彗星のごとく現れ、1,500メートルをシックスビートとフォービートを織り交ぜて泳ぎきり、14分34秒56という驚異的な世界新記録を打ち立ててしまったのです。

その後水泳の長距離界においては、ツービートではなく、シックスビートやフォービートというパワフル泳法が主流になり、2011年7月には中国の孫楊選手が14分34秒14で久々に世界新記録を更新し、その翌年のロンドンオリンピックでも、自らの記録を塗り替える14分31秒02という現在の世界新記録を樹立したのでした。

ただ、その孫揚も、今回のリオデジャネイロ・オリンピック1,500メートルでは、予選敗退をしてしまいました。彼のパワフル泳法には周囲から薬物疑惑の目が向けられ、実際、2014年11月の中国国内大会では、ドーピング検査で陽性反応を示し、その後3ヶ月間の出場停止処分を受けています。

さて、今回のオリンピックでは、冒頭にご紹介したようにイタリアのパルトリニエリ選手が金メダルを獲得しました。彼はツービートどころかワンビート泳法で金を獲ってしまったのです。

金メダルを持ち、微笑むイタリアのグレゴリオ・パルトリニエリ選手

金メダルを持ち、微笑むイタリアのグレゴリオ・パルトリニエリ選手

パルトリニエリのキックは、左足を少し動かすだけで、右足はまったく動かさずただ浮かべているだけです。彼は右側でのみ息継ぎをするので、息継ぎの時、身体全体のバランスをとるために軽く左足で調子をとっているだけのようにも見えます。そのため左足もたいして推進力に寄与しているようには見えません。「ワンビート泳法」という名前は、私が勝手につけた名前ですが、要するに彼は腕だけで1,500メートルを泳ぎきり、見事金メダルをゲットしてしまったのです。私から言わせれば、もっと世間はこの話題を取り上げてもよいと思うのですが、水泳に興味のない人たちにとっては、どうでもよいことなのでしょうね(笑)。

最後に1,500メートル自由形の世界新記録の変遷をかいつまんで下記に列挙しておきます。

1908年7月 22分48秒04  Henry TAYLOR (イギリス)

1927年9月 19分07秒02  Arne BORG   (スウェーデン)
1949年8月 18分19秒00  古橋廣之進    (日 本)
1956年3月 18分05秒09  George BREEN (アメリカ)

1992年4月 14分48秒40  Kieren PERKINS (オーストラリア)
1992年7月 14分43秒48  Kieren PERKINS (オーストラリア)
1994年8月 14分41秒66  Kieren PERKINS (オーストラリア)
2001年7月 14分34秒56  Grant HACKETT (オーストラリア)
2011年7月 14分34秒14 孫 楊       (中 国)
2012年8月 14分31秒02 孫 楊       (中 国)

ここで再び注目してもらいたいのは、1,500メートルのタイムがこの100年で8分以上も短縮されているという事実もさることながら、1949年に日本の古橋廣之進が世界新記録を打ち立てたということです。

敗戦国日本は、1948年に行われたロンドンオリンピックへの出場が認められなかったため、日本では、オリンピックと同日に水泳大会を開催しました。そこで古橋廣之進や橋爪四郎が複数種目でロンドンオリンピックの金メダリストらを上回る好記録を連発したのです。

しかし日本の驚異的な記録に対し、世界の反応は冷ややかで「後進国日本の時計は正確ではない」とか「日本のプールは長さが50メートに満たない」とか懐疑的でした。

それならば彼らの目の前でその実力を見せつけてやるということになり、1949年8月、ロサンゼルスで開催された全米選手権に日本の古橋廣之進と橋爪四郎が招待され、競技に参加しました。結局二人は、400m自由形、800m自由形、1,500m自由形で世界新記録を連発し、アメリカ人がぐうの音も出ないほど「水泳大国日本」の底力を見せつけたのでした。

昨今のオリンピックや世界選手権では、ドーピング検査がより厳しくなってきています。今後もその傾向はますます強まっていくことでしょう。その意味では、昔から一貫して薬物に頼ることのないクリーンな日本選手団には、大いなるチャンスが巡ってくる可能性があります。

「水泳大国日本」復活の日を今から楽しみにしています。