中国の現代生活に欠かせない基本概念の多くは日本語
ある中国語の翻訳者から「医学・薬学の日中翻訳はやりやすい、なぜなら専門用語の9割は日本語だから」と聞いたことがあります。
明治時代に西洋医学をいち早く取り入れた日本の知識人たちが、数多くの専門用語を漢字で創作したからです。
たとえば、下記のように。
diabetes(英語) ⇒ 糖尿病(日本語) ⇒ 糖尿病(中国語)
pneumonia(英語) ⇒肺炎(日本語)⇒肺炎(中国語)
しかしながら、実際には医薬の専門用語のみならず、現在の中国人が日常的に使用している中国語のなかにかなり高い割合で日本語が使われているようです。
そのような中国語になった日本語の数は1,000語ほどのようですが、とても使用頻度の高い語彙が数多く含まれているため、それらを使わずには会話が成り立たないほどの存在感があるようです。もっとも当の中国人がそのような事実を知らず日常的にそれらの言葉を使っているようですが。
さて、南京大学文学部教授の王彬彬氏(1962年~、肩書は当時)の「中国語の中に非常に多い“日本語外来語”」という論文に下記のような一節があります。この方は、中国の近現代史、文化批評、文化史を主に研究されている学者です。
「現代中国語の中の“日本語外来語”は、驚くほどの数がある。統計によれば、わたしたちが現在使用している社会・人文科学方面の名詞・用語において、実に70%が日本から輸入したものである。これらはみな、日本人が西洋の相応する語句を翻訳したもので、中国に伝来後、中国語の中にしっかりと根を下ろしたのである。わたしたちは毎日、東洋のやり方で西洋の概念を論じ、考え、話しているのだが、その大部分が日本人によってもたらされたものである。(中略)最後にわたしは言いたい。わたしたちが使用している西洋の概念について、基本的には日本人がわたしたちに替わって翻訳したものであり、中国と西洋の間には、永遠に日本というものが挟まっているのである。」(日本語訳:松永英明氏)
また、上海外国語大学日本語学部教授の陳生保氏(1936年~、肩書は当時)の「中国語の中の日本語」という論文の中にも下記のような一節があります。
「共産党、幹部、指導、社会主義、市場、経済という文は、 すべて日本製漢語語彙でできているといったら、 これらの語彙をさかんに使っている普通の中国人は信じかねるだろうし、 これらの語彙の原産地の日本人も、 たぶん半信半疑だろうが、 しかし、 それは事実である。(中略)日本語来源の語彙のほとんどは現代生活に欠かせない基本的概念であり、使用頻度の高いものであり、しかも造語力のあるものが多い、ということを考えると、現代中国語における日本来源語の影響が非常に大きいといわねばならない。」
西洋文明を漢字化した日本人
日本では江戸時代末期以降、西洋から多くの思想、学問を導入し、西洋の知的抽象語を既存の日本の概念に置き換えるのではなく、漢字を使ったまったく新しい言葉に置き換えました。
そして20世紀初頭、日清戦争で日本に負けた清国は遅れを取り戻すべく、合計61,230名という数多くの留学生を日本へ送り、多数の日本の書物を中国語へ翻訳しました。あの有名な魯迅もその中の一人です。それらの留学生が日本で生まれた新しい言葉を中国へ伝え、それが現代の中国に今でも脈々と受け継がれているのです。
たとえば下記はそのほんの一例です(Wiktionary 和製漢語より)
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漢字の知的財産権は?
中国においても西洋の概念を中国の既存の概念に置き換えようと試みた時期があったようです。しかし、日本人の作った漢字の造語の方が色々な意味で分かりやすく心地よかったのでしょう。
「中華人民共和国」という国名のうち、「人民」と「共和国」は日本で生まれた言葉だと知っている中国人はどれほどいるでしょうか?実際、日本から輸入された言葉を使わなければ、毛沢東の「毛沢東語録」は存在し得なかったでしょう。
ある時、日本の知的財産権を侵害する中国に憤りを感じた日本人が「中国は日本に知的財産の対価を支払うべきだ」と言ったところ「それならば日本は中国に漢字の使用料を払え」と言い返されたそうです。
しかし、現代中国語の7割が日本から輸入された言葉だと知れば、少なくとも漢字の使用料に関しては、平和裏に「フィフティー・フィフティーでよろしいのでは」ということになるのではないでしょうか。