翻訳会社の経営分析
※ | 「翻訳会社の経営分析」は、2006年9月~10月にかけて丸山均がブログに連載した記事を編集したものです。 |
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翻訳会社の財政状態 |
1)「商法」と「税法」 |
企業が株主総会や税務署などに提出する財務諸表には色々な種類の文書がありますが、そのなかでも一番中心となるデータが、貸借対照表(Balance Sheet)と損益計算書(Profit and Loss Statement)の二つです。 貸借対照表は企業の「財政状態」を表し、損益計算書は企業の「営業成績」を表します。 たとえば株式会社ABCの会計期間が1月1日から12月31日の1年間だとします。 この場合決算日は12月31日となるので、貸借対照表の日付は「平成18年12月31日」となり、株式会社ABCの決算日時点の財政状態(資産や負債や資本の状態)を表します。 一方の損益計算書に表示される日付は「自平成18年1月1日 至平成18年12月31日」となり、株式会社ABCの1年間の営業成績(収益、費用、利益)を表します。 収益、費用、利益は会計学上の概念であり、基本的に企業の財務諸表はこの会計学の精神に則って作成されています。 これはまた商法や証券取引法の基準にも合致するものであり、簡単に言えば、企業の実情を「株主や投資家や債権者」に数値的に説明するために作成された文書と言ってよいでしょう。 しかしここにもう一つ重要な法律があります。それが「税法」です。 税法の目的は単純明快で「税金を徴収すること」ですから、論理的妥当性よりも「通達で決まっているから」とか「前例がない」が重要視され、「理屈ぬきに数値をあてはめてしまう」という荒っぽさがあります。 ちなみに「通達」とは財務省の官僚が作った基準であり、つまり法律ではないのですが、まるで国会で承認された法律であるかのようにその基準を強要してくる場合があります。 「無理やり」でも、「屁理屈」であってもとにかく基準を決めなければ税金を徴収できないわけですから、しかたがないという側面も確かにあります。 しかし立法府(国会)でもない行政側(財務省)にその裁量をまかせてしまうと、役人の権力が強くなりすぎ、不況時と好況時とでは対応が異なる、という懸念がでてきます。 いずれにせよ、ここらへんが世の中によくある、税務署と経営者との間の税金に関する「見解の相違」という点であり、必ずしも全てが脱税目的ではなかったとも言えます。 従って株主や投資家や債権者(主に金融機関)のために作られた書類が財務諸表ですが、「納税用に別に書類を作り直せ」と言うのはあまりに酷なので、財務諸表を元に税金の額を算定していきます。 収益≒益金 費用≒損金 利益≒所得 であり全て似て非なるものです。つまり税法上は、益金-損金=所得、なのです。 よく新聞紙上などに「所得隠し」(≒利益隠し)とか「損金不算入」(≒費用とは認めない)という言葉が載っているのはそのためです。 |
2)貸借対照表 |
それでは全企業平均の貸借対照表から見ていきましょう。
次は黒字企業平均の貸借対照表です。
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3)「売上債権」・「支払いサイト」・「貸し倒れ」 |
まずは言葉の意味から説明していきましょう。 「売上債権」・・・受取手形や売掛金のこと。 たとえば、翻訳の仕事を9月1日に受注して10月1日にクライアントA社に納品、請求額は100万円だったとします。 仮にA社の支払条件が「月末締めの翌々20日、銀行振り込み」だったとすると、12月20日にお金が振り込まれることになります。 「締め日」から実際にお金が支払われるまでの期間を「支払サイト」と言いますが、この場合は1ヶ月と20日(約50日)となります。 クライアントによっては、「決済日」に手形を振り出す会社もあります。 たとえば、100万円以上は4ヶ月サイトの手形などとなると、決済日の12月20日からさらに4ヶ月後の4月20日に現金化されることになります。 つまり10月1日に納品した仕事が実際に現金化されるのが半年以上も先になるというわけです。 「そんなに長い間は待てない」という会社は、金融機関へ行ってその手形を担保にお金を借りることになりますが、これを「手形を割り引く」と言います。 つまり100万円から金利分を割り引いた金額、たとえば金利が1万円だったとすると、99万円の現金を金融機関から受け取り、100万円の借金をすることになります。 そしてそのクライアントが4月20日に100万円をきちんと支払えば、それで全ては一件落着ですが、万が一支払われなければ、その手形は「不渡手形」となり、手形を割り引いた会社は、クライアントの代わりにその金融機関へ100万円を支払わなければならなくなります。 また、もし手形を割り引かなければ、手形を受け取った会社は自分の下請け先に現金で支払えないので、今度は自分が手形を発行するか、あるいは受け取った手形に裏書して(その手形の連帯保証人となること)、その手形を下請け先へ渡すことになります。 こうすることによって、悲惨な連鎖倒産の下地が出来上がっていくわけです。 この手形決済という商習慣は日本特有のものらしいですが、「手形を発行してはいけない」という法律を作って、日本中で一斉に適用すれば、なんの問題もないはずなのですが、いまだにそのような動きは日本にはありません。困ったものです。 ちなみにジェスコーポレーションでは創業以来42年間、1円の貸倒れ(売上債権を回収できないこと)もありません。私からすればこんなことはあたりまえのことなのですが、世の中では、なにがしかの貸し倒れの被害を受けたことのある会社がほとんどだ、と聞いて逆に驚いています。 |
4)「固定資産」「負債」「資本」 |
「有形固定資産」・・・土地、建物、機械設備など実際にモノとして存在する固定資産のこと。 「無形固定資産」・・・電話加入権やソフトウェア資産や営業権など実際にはモノとして存在しない固定資産のこと。 「繰延資産」・・・業務に関し支出する費用のうち、その支出の効果が1年以上に及ぶもの。開発費、試験研究費など。 「流動負債」・・・一年以内に支出もしくは費用化されると想定される負債のこと。支払手形、買掛金、短期借入金、前受金、未払金、未払費用、預り金など。 「固定負債」・・・1年を超えて支払われる予定の負債。長期借入金、社債、退職給付引当金など。 「資本の部」・・・2006年5月に施行された新会社法によって、長年使われてきた「資本の部」という名称が「純資産の部」という名称に変更されました。 しかし、昨年度はまだ「資本の部」が使われていたので、ここでは昨年度の名称をそのまま使うことにします。 小さな会社を考える時、「資本金」はざっくり言えば、株主が実際に投下した金額で、「剰余金」は税金を支払った後に残った金額が貯まっていったもの、と考えて大きな間違いはないでしょう。 つまり、全企業平均でみると、株主(多くの場合は創業社長でしょう)が650万円を投下して、何年か、あるいは何十年か後に、その金額が1,420万円(650万円+770万円)の価値(約2倍)になっていた、と言うことです。 黒字企業平均ではそれが、760万円投下して、2,800万円(760万円+2,040万円)の価値(約4倍)になっていたということです。 “2,800万円の価値になっていた”ということは、帳簿上の評価額がそうなっている、ということであって、実際に銀行や会社の金庫の中に“2,800万円のキャッシュがおいてある“ということではありませんので、念のため。 「資本の部」は別名、自己資本と呼ばれ、「負債の部」は別名、他人資本と呼ばれています。 「自分が出資したお金+利益が溜まっていったお金」と「他人から借りているお金+他人へ支払うべきお金」の現在の内訳が現金・預金だったり、売上債権だったり、土地、建物だったり、無形の固定資産だったりするわけです。 つまり、「資本の部」+「負債の部」=「総資産」となります。 「負債の部」は勝手に増えることはあっても、勝手に減ることはありません。なぜならば借金は返さなければ決して減らないからです。 それに反して「資産」というものは、自分の意志とは裏腹に勝手に増えたり、勝手に減ったりするものです。 終戦直後に創業したある会社が、時価10億円の土地をどこかに所有していたとします。 しかしその土地を購入した当時の金額が1万円だったとすると、貸借対照表に記載されている資産価格は1万円のままです。 インフレにより勝手に資産価格が膨張したわけですが、その逆に、バブル期に借金をして10億円の土地を購入したのに、現在では1億円の価値しかないというケースがあります。 経営者の意志に反して勝手に資産価値が減ったわけですが、そのために借りたお金(借金)は金利で増えることはあっても、知らない間に減るということはあり得ません。 同様に1億円の売掛金があると思っていたら、顧客が倒産し、価値が0円になってしまったということもあるわけです。 これらの例はすべて単純なケースばかりですが、もっと複雑なケースも当然たくさんあります。 つまり貸借対照表の右側の部分(負債の部と資本の部)は、経営者が意図的に操作でもしない限り、一応信憑性のある数字がならびますが、左側の部分(資産)は必ずしも信憑性がもてないということです。 会社を倒産させた経営者が、意図的にウソをつき、資産の額をごまかしていたというケースももちろんありますが、実は経営者自身が自分の会社の資産状況の実態をまったく把握していなかった、なんてケースもしばしば見られるからです。 ということで、通常は経営分析というと総資本回転率とか流動比率とか自己資本比率といった数字がずらずらと並ぶわけですが、実はそのどれもが資産の額に信憑性が持てるかどうかに全てがかかっている、というわけです。 また、会社が小さい間は、“率”よりも“額”を重視するべきですし、帳簿上のお金の流れと実際のお金の流れを正確に把握し、確保すること(資金繰り)がなによりも大事になってきます。 こんなことは学校では(少なくとも日本の学校では)教えてくれないので、実際に自分で悪戦苦闘しながら覚えていくほかありません。 |
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