第82回 ダイエット(痩身)薬について(後編)
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<質問>
本羅先生、聞いてもいいですか? 最近、SNSやネットの広告動画で、ダイエットの薬が、やたらと出てくるようになりました。別に、何かダイエットについて検索した覚えもないのに。間違って、商品のリンクを踏んで、HPに飛んだのですけど、簡単!とか、すぐに痩せる!とか、良いことばかり書いてるんですよね。私だってスタイルとか体重とか気にしますし、というか「そんな簡単に痩せるなら、飲みたいけど?!」と、少しイラっとしました(苦笑)。でも、私の周囲で飲んでる子はいませんし。いや、もちろん内緒で飲んでるかも?ですけど。よく流れてくるダイエット薬は、「商品名A」や「商品名B」、「商品名C」の動画広告です(※)。嘘くさいなと思ってチラ見してますけど、もしかして、少しは効果があったりするんですかね? だったら、いっそのこと、病院でキチンと処方される薬の方が良いですよね。保険は効かないから高いけど、ちゃんと痩せる薬があると聞いたことがあります。嘘っぽいものから、ちゃんとしたものまで、それぞれのダイエット薬がどんなものか、教えてもらってもいいですか?(東京都 Y.M.)
※具体的な商品名は伏せました。 |
<回答> 前回は、流行り(?)のダイエットサプリについて、その効くとされる成分の、化学的なお話が中心でした。巷(ちまた)に流布(るふ)する、ちょいと怪しげな「薬っぽい何か」を”化学語”で表し、その正体を翻訳して整理する、みたいな試み。いずれ、生理学・医学的には、エビデンスの無い物質ばかり。どれも「お気持ち」程度でしたね。
というわけで、後編は、Y.M.さんがお聞きになられただろう、病院で処方される「痩せる薬」について解説します。とは言え、そもそも処方箋の必要な薬ということは、疾病に対する治療薬です。軽い気持ちのダイエットとは違いますから、少し真面目に考えてみましょう。
ざっくり「身長に対する体重のバランスが大きい」ことを日常語で「太っている(chunky /蔑称:fat / fatty)」とか「恰幅が良い/頑健/どっしり(stout)」、「丸々/ぷくぷく/ぽっちゃり(plump / chubby)」などと言いますけど、多くは、見た目や印象の表現ですよね。
一方で、疾病としての「肥満症(obesity disease)」には、ちゃんとした定義があります。
肥満と肥満症
基本的には「減量で改善が見込まれる健康障害の発症した、あるいは発症の予測される肥満」を「肥満症」と言います。そもそも医学用語での「肥満(obesity)」は、組織に脂肪が蓄積することを意味し、「過脂肪(かしぼう, adiposity)」とも言います。
日本肥満学会は疾病名「肥満症」と「肥満」の使い分けを推奨(すいしょう)していて、そもそも健康障害が無ければ、単なる全身性の過脂肪(肥満)は、疾病ではありません。
ただし、身長に対する体重のバランスが極端に大きい人は、健康障害を患(わずら)うことが多く、減量で改善することが分かっています。それを「肥満症」と名付けているのです。
とはいえ「極端って、どのくらい?」という疑問は、ごもっとも。つまり「肥満症」と「ただの肥満」を線引きするべく、数値化しなくてはなりません。その指標となるのが、ボディマス指数(body mass index /略称:BMI, 体格指数とも)です。実は、以前の本コラム第44回で説明したように、肥満は「新型コロナの重症化リスク」の1つでしたから、このときBMIに少し触れました。
以下、日本肥満学会の作成した「肥満症診療ガイドライン2022(※)」を参考にしますと、WHO(World Health Organization, 世界保健機関)では、BMIによる肥満の定義を以下の6段階に分類しているそうです。
〇低体重(Underweight, 痩せすぎ, BMI<18.5)
〇普通(Normal range, BMI≦25)
〇前肥満(pre-obese, 太り気味, BMI≧25)
〇肥満度Ⅰ(Obuse classⅠ,太っている, BMI≧30)
〇肥満度Ⅱ(Obuse classⅡ, 太りすぎ, BMI≧35)
〇肥満度Ⅲ(Obuse classⅢ, 過剰に太りすぎ, BMI≧40)
ところが日本で調査すると、そもそも、BMIが30を超えるような日本人は、それほど多くなく(男:5.4%, 女:3.6%)、一方で、BMIが25を超えると、健康障害が増えることが分かりました。そこで、日本人における肥満の定義は、少し変えられています。まず「普通/低体重」はWHO基準を踏襲(とうしゅう)し、前肥満(BMI≧25)の表記を「肥満(1度)」、肥満度Ⅰ(BMI≧30)を「肥満(2度)」に変更、肥満度Ⅱ(BMI≧35)とⅢ(BMI≧40)は「高度肥満」にまとめられました。
とはいえ、BMIだけで「肥満症」は決まりません。繰り返しになりますが、健康障害の発症か、近い将来における発症の予測が必要です。
その、肥満症に関連する健康障害ですが、以下の11種類になります。
| 1) |
2型糖尿病(type 2 diabetes)と
耐糖能異常(impaired glucose tolerance /略語:IGT)※空腹時血糖値の高い、糖尿病予備軍。 |
| 2) |
脂質異常症(dyslipidemia) ※かつての「高脂血症(hyperlipidemia)」から改名。 |
| 3) |
高血圧症(hypertension / high blood pressure) |
| 4) |
高尿酸血症(hyperuricemia / high uric acid blood)と
痛風(gout) ※高尿酸血症患者において、結晶化した尿酸に起因する関節炎。 |
| 5) |
冠動脈疾患(coronary ailment / cardiac valvular disorders /略称:CAD)
※心筋への血行を確保する冠動脈の閉塞/狭窄。狭心症や心筋梗塞の原因。 |
| 6) |
脳梗塞(cerebral infarction / brain infarction / stroke)※脳動脈の閉塞/狭窄による脳細胞の壊死。と
一過性脳虚血発作(transient ischemic attack /略称:TIA)※脳梗塞/脳卒中(cerebral apoplexy)の前兆。脳卒中は、脳動脈の破損/圧迫/閉塞などによる血流不足による脳細胞の壊死のことで、脳梗塞も含む概念。 |
| 7) |
非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease /略語:NAFLD)
※過剰飲酒以外での脂肪肝の原因。 |
| 8) |
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea syndrome /略語:OSAS)※睡眠中の筋弛緩による舌根/軟口蓋の沈下を原因とする気道の閉塞。と
肥満低換気症候群(obesity hypoventilation syndrome /略称:OHS)※高度肥満(下記)を原因とするOSAS。ピックウィック症候群(Pickwickian syndrome)と同義。 |
| 9) |
運動器疾患(diseases of the locomotor system/ the locomotive organs/ the musculoskeletal system)
※膝・股・手指の変形性関節症(osteoarthritis)や変形性脊椎症(spondylosis deformans /略語:SD)。 |
| 10) |
肥満関連腎臓病(obesity-related glomerulopathy /略語:ORG) |
| 11) |
月経困難症(menstrual disorder/menstruation disorder) ※女性の場合
月経異常 (menstrual abnormalities)
不規則月経(menstrual irregularities)
不妊症(infertility) ※妊娠希望/非避妊性交する健康な男女における1年以上の不妊のこと。 |
これらの健康障害は、内臓脂肪の過多や高い肥満度で多発し、減量で症状の改善することが、高い水準(level)のエビデンス(evidence, ※)で分かっています。上記の11種類の内、少なくとも1つを発症する、BMI≧25の人が、日本では「肥満症」と診断されます。さらにBMI≧35の人には「高度肥満症」と診断名が付きます。
※「科学的根拠」の意味における「エビデンス・レベル」については、本コラム第28回を参照。
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「肥満症」の治療 その1 ~ ダイエットに王道なし? ~
肥満症と診断されると、治療が始まります。そう、「減量」です。ただし、勘違いしないでほしいのですが、「肥満症における減量」は、それが目的ではありません。ですから、安易な断食や絶食(どちらも”fasting”)は、宜しくないです。
そもそも「減量」は、「肥満症に伴う11種類の健康障害(以下、「合併症」と略)」を改善/予防するための「手段」です。つまり、合併症から回復しなければ、意味がありませんし、健康を害するのは、本末転倒(ほんまつてんとう, like putting the cart before the horse / think upside down)です。
実のところ、肥満症では、複数の合併症が重なって発症することも多く、症状の全体像には個人差が大きいです。目下、研究は進んでいますが、残念ながら、「何%減量すれば確実に改善する」というエビデンスは、2026年4月時点で確立していません。今のところ臨床現場(clinical environment)での経験則(rule of thumb)では、数カ月で現体重の3%以上、高度肥満症では5~10%を最初の目標にすることが多いです。
実際は、個々の患者さんに応じて、合併症の状態を検査で把握しながら、随時(ずいじ)、減量の目標を緩和(かんわ)、あるいは強化します。とはいえ、早い人で、たった3%の減量で改善効果が見られる、というのは意外ではないですか?
例えば、身長160cm/体重80kg(BMI:31.25)、日本の基準で「肥満(2度)」の人にとっての3%は、2.4kgです。もちろん、簡単とは言いませんが、そこまで無茶な数字ではないような気もします。
さて、多くの人が気になるのは治療法、つまり「減量の手段」ですよね。医学的な減量法! 期待が高まります。
……ですが、申し訳ない。ダイエットに王道はなし、のようです(注1)。基本的には、生活習慣の見直しから。まずは、起床/就寝/食事などの時間、いわゆる「生活リズム(flow and rhythm of daily life)」を安定させ、食事では「摂取エネルギー量(energy intake /略語:EI)」を減らしつつ「栄養バランス(nutrient balance /略語:NB)」を整え、よく噛んで、しっかり咀嚼(そしゃく, mastication)し、ゆっくり時間をかけての食事を心掛けます。加えて、運動では「筋力トレーニング(weight/strength/resistance training)」と「有酸素運動(aerobic exercise / aerobics)」の双方を意識して増やすことが効果的です。
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| (注1) |
ダイエットに王道なし
本来は「学問に王道なし(There is no royal road to learning.)」。古代エジプトの数学者で幾何学の父「ユークリッド(Euclid)/エウクレイデス(Euclīdēs, 古代ギリシャ語のラテン語音訳)」の言葉と伝わるが、おそらく後世の創作。アレクサンダー大王(本コラム第76回)の学友であり、彼に仕(つか)えたファラオ(Pharaoh, 古代エジプト王)の「プトレマイオス1世(Ptolemy I)」が、ユークリッドに、彼の著書「原論(Elements)/ストイケイア(Stoikheîa, 古代ギリシャ語のラテン語音訳)」を読むより、もっと簡単に幾何学を学ぶ方法は無いのか?と尋ねたときの返答とされる。学問は世俗の権力から自由であり、身分に寄らず、地道な努力があれば身に付くことを意味している。
上記の「王道」が「簡単な方法/近道」と、あまり良くない意味であるのに対し、現代の日本では、逆に「正攻法/定番/典型/正統(正しく受け継ぐ)/正当(理に適う)」という良い意味に使うことが多い。これは古代中国における「理想的君主(王)の統治(道)」の意味が転じたものと思われる。 |
生活を規則正しくし、入るエネルギーを減らして、出るエネルギーを増やすのですから、間違いなく減量する理屈です。だからといって、それを苦労せずにできるなら、そもそも太っていないのですよ……。と、私の内なる食欲(appetite)と怠惰(たいだ, idleness)が、ブツクサと呟(つぶや)きます(苦笑)。強制的な実験ならまだしも、「過食や運動不足の解消を!」と威勢(いせい)よく声を上げたところで、日常、私たちの意思/意識は素直に応じませんよね。
しかしながら、実験動物と違って、私たちの意識は、冷静かつ適切に働きかけられると、気付き/納得に至り、偏った習慣を是正(ぜせい)することができます。これを医療に活かすのが、「行動療法(behavior therapy)」です。今回のコラムの趣旨(しゅし)から外れるので深追いしませんが、行動療法を「生活習慣の見直し/改善」に併用すると、減量の成功とリバウンド(rebound,
反発/跳ね返り/回復/逆戻り)の予防が期待できる、という強いエビデンスがあります。そして、リバウンドは、合併症を悪化させることが明らかです。ちなみに、「減量の失敗/再増量」の意味で使う「リバウンド」は、和製英語だそう。実際には、”Gain
it back(また獲得してしまった)”でしょうか。
今回、減量に併用する行動療法の詳細は記しませんが、簡単に言うと「セルフモニタリング(Self-monitoring)」です。自分の食行動の癖(くせ)や偏(かたよ)りを「食行動質問票(※)」などから認識し、自身の体重や生活を日々記録して、グラフなどに可視化します。それによって、生活リズムを客観的に制御し、日々の生活習慣や食生活、運動などの見直しを私たちの意識に働きかけるというわけです。
最近は、モバイルツール(スマホ/タブレットなど)のようなデジタル機器で、Webやアプリを使ったモニタリングの有用性が模索(もさく)されています。まだエビデンスの確立には研究が足りていませんが、これまでの紙に記録する方法で強いエビデンスが得られたのですから、「記録」の部分がデジタル機器に変わっても問題ないでしょう。自分の生活に沿ったサービスを利用することが、有効な手段になるはずです。
「肥満症」の治療 その2 ~ 内科療法と外科療法 ~
生活習慣の見直しと行動療法が、3~6カ月、適切に続けられたとします。それでも、あまり減量が進まない、または合併症の問題から減量を急ぐ必要があると医師が判断したときには、少々強引な方法で治療(減量)しなければいけません。
それが、外科療法の「減量・代謝改善手術(bariatric and metabolic surgery /略語:BMS)」です。簡単に言うと、胃を切除して小さく形成し、食べられる量を減らすのです。
18~65歳が対象ですが、高度肥満(BMI≧35)、あるいはBMIが32以上で「2型糖尿病」ないし2つ以上の合併症がある方が、適切な「生活習慣の見直し」と「行動療法」の併用に加えて、内科療法でも改善しない場合に選択されます。さすがに、食べたものを消化する胃が小さくなれば、物理的に取り込めるエネルギーも減りますよね。
実際、手術によって、長期に継続(けいぞく)する安定した減量効果と、それに伴う合併症の改善が、高いエビデンスで確認されています。ただし、近年は内視鏡下で手術できるようになったとはいえ、さすがに大掛かりな医療行為になります。医師を含め専門スタッフによる術前/術後の管理やカウンセリングなど、十分な患者さんのフォローアップ(follow-up, 追跡/追及/探求/医学用語:経過観察)が、医療機関で必要になります。
外科療法は、ある意味で「肥満症治療の最終手段」とも言えますが、手術の適応にもあるように、内科療法を先に試みる必要があります。つまり「痩せ薬」です。
ようやく、本来のテーマである「痩せ薬」の出番が回ってきました。寄り道/道草にもほどがある? いえいえ、必要な回り道です。
端的(たんてき)に言えば、日本において医学的に有効な、内科療法に使用される「痩せ薬」の主流は、2型糖尿病の治療薬なのです。ということは、2型糖尿病が合併症ではない患者さんには使えないのでしょうか。
そうです。少なくとも、保険診療としては、使えません。というのも、2型糖尿病の薬は、血糖値を下げる薬です。正常な人が無自覚に飲むと、低血糖(low blood sugar)になります。もしかして、低血糖を「おなかが空いた!」くらいに、軽く考えていませんか? 酷い場合は、意識混濁(こんだく)/痙攣(けいれん)、脳障害や不整脈から、突然死の原因にもなりかねませんよ。
と、少し脅(おど)かし気味に書きましたが、実のところ、若い世代で「朝食抜きの激しい運動/極端な糖質制限/自己流の断食」など、過度なダイエットによる長時間の空腹から、重症の低血糖で救急病院に運び込まれることがあるのです。もし、これに前日の過度な飲酒(大量/食事抜き)が重なると、さらに危険度は増します。特に、痩せ型/肝機能の悪い方は、要注意です。逆に、肥満症の方は、そんなことしないと思いますが(?)、念のため。
いずれにせよ、血糖値は、無暗矢鱈(むやみやたら, frivolously)と下げるものではなく、2型糖尿病の薬は、健康な人が気軽に飲むものではありません。必要なときに、医師の管理下で服用するべき医薬品です。
2型糖尿病について
そもそも2型糖尿病の薬が、なぜ「痩せ薬」になるのでしょうか。もちろん、ただ血糖値を下げることが「減量」になるわけではありません。これを理解するには、2型糖尿病の理解が不可欠です。
糖尿病とは、高血糖(High blood sugar)、つまり「血中のブドウ糖(注2)濃度」が高い状態の続くことを言いますが、その原因によって、1型と2型に分けられています。
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| (注2) |
ブドウ糖(葡萄糖, Grape sugar / Corn sugar):
歴史的には、干し葡萄から単離(たんり)されたことによる命名。化学での名称は「グルコース(glucose /略語:glc)」。ギリシア語で「ワイン/葡萄の果汁」を意味する「グルコス(glukós)」に、「炭水化物(carbohydrates)」を表す化学の接尾語 ”-ose” を付けた語。分子式 :C6H12O6の単糖(たんとう/最も単純な糖類)。生命活動にとって最も基本となるエネルギー源で、動物の血中を流れる。食事に含まれる炭水化物が、小腸でグルコースに分解されて吸収され、全身を巡り、各細胞(特に”脳”の神経細胞)に取り込まれ、エネルギーとして使用される。 |
ブドウ糖は、生命活動にとって重要なエネルギー源なのですが、化学反応の効率が良すぎて、濃度が高いと、逆に有害です。動物の場合、ざっくり言うと、高血糖が続くと、血管の内壁が炎症し、様々な組織(特に、毛細血管の多い「眼/腎臓/四肢末端」)を傷つけます。もちろん、低血糖では生命活動を維持できませんから、動物には、上げ過ぎず/下げ過ぎない、血糖値を上手くコントロールする仕組みがあります。この仕組みに大切なホルモン(hormone, ※)が、インスリン(Insulin)です。
※特定の器官で分泌され、体液/血液を介して別の組織に作用する生理活性物質。
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インスリンは、膵臓(すいぞう, pancreas)の中にあるランゲルハンス島(らんげるはんすとう, islets of Langerhans)と呼ばれる細胞塊(かい)に含まれる、β(ベータ)細胞から分泌され、血中のグルコースを肝臓/骨格筋/脂肪細胞に取り込む働きがあります。つまり、血糖値を下げるホルモンです。そして、実は、細胞のエネルギー源として消費する以外に、生理的に血糖値を下げる唯一の手段でもあります。そのインスリンが分泌されなくなって、血糖値が下げられなくなるのが、1型糖尿病です。多くは、先ほどのβ細胞が失われることが原因です。したがって1型糖尿病には、身体の外からインスリンを注射する必要があります。
一方で、「インスリンが分泌されにくくなる」、あるいは「分泌されるものの、その効きが悪くなる」ことで、血糖値が下がらなくなるのが、2型糖尿病です。2型糖尿病の薬は、作用機序(さようきじょ, 薬学用語:mechanism of action /略語:MoA)によって、(1)インスリンの働きを補うものと、(2)血糖に直接作用するもののに分けられ、ざっくり、以下の5種類あります。
| 1-1. |
インスリンの分泌を促(うなが)す。
代表例:GLP-1受容体作動薬(GLP-1 receptor agonist) |
| 1-2. |
分泌されたインスリンの分解/吸収を防ぐ(つまり、インスリンが長く機能する)。
代表例:DPP-4阻害薬(DPP4 inhibitor)Dipeptidyl peptidase 4 |
| 1-3. |
インスリンの効きやすさ(つまり、細胞へのブドウ糖の取り込み)を高める。
代表例:ビグアナイド薬(Biguanide, 「ビグアニド」とも) |
| 2-1. |
小腸でブドウ糖の吸収を遅らせる(つまり、食後血糖値の上昇を緩やかにする)。
代表例:α-グルコシダーゼ阻害薬(alpha-glucosidase inhibitor) |
| 2-2. |
尿中にブドウ糖を排出(はいしゅつ)する(つまり、直接的に血糖値を下げる)。
代表例:SGLT2阻害薬(SGLT2 inhibitor) |
それぞれ細かく説明すると、それだけで冊子の厚みになりますが、読者の皆さんは薬剤師や糖尿病の専門医を目指すわけではないので、話を先に進めますね。そもそも、2型糖尿病の薬なら、何でも減量効果が認められるわけではなく、逆に増量するものもあります。上記5種類で、明らかに減量効果が認められるのは、「1-1.GLP-1受容体作動薬」と「2-2.SGLT2阻害薬」です。
減量効果のある2型糖尿病の治療薬
まず、GLP-1は、グルカゴン様ペプチド-1(Glucagon-like peptide-1)の略称で、食事に含まれる炭水化物(糖質)を認識して、小腸が分泌するホルモンです。先に説明したランゲルハンス島のβ細胞にGLP-1が届くと、β細胞が、インスリンを分泌します。言わば、GLP-1は、インスリンを分泌させるスイッチ(switch)である「GLP-1受容体」を押す「指」なのです。GLP-1受容体作動薬は、GLP-1の偽物なのですが、より強力な偽物です。というのも、私たちの小腸が分泌する、本物のGLP-1は「スイッチを押す指」で、押したら、すぐに分解されます。でないと、インスリンが過剰に分泌されて低血糖になりますからね。しかし、2型糖尿病は「インスリンが足りない」のですから、スイッチを押し続けるのが正解です。GLP-1受容体作動薬は、本物のGLP-1に比べて、分解されにくく、その分、多量にインスリンを分泌させるというわけです。
とはいえ、減った血糖は、どこかに消えるわけではなく、エネルギー消費量が増えるわけでもないなら、身になって(主に脂肪として)蓄積されるはずです。
さらに研究が進んで、GLP-1は、単に「血糖値を下げる」だけでなく、「血糖値を上げない」ような生理機能や摂食(せっしょく)行動にも影響していることが分かってきました。大きくは2つ、「胃酸分泌や平滑筋(へいかつきん)収縮の抑制」と「食欲に関わる脳機能(神経活動)の抑制」です。前者は「食事の胃内滞留(たいりゅう)時間延長による満腹感増進」、後者は「食欲減退」を促します。これが、減量に効くのです。
ただし、個人差はありますが、胃に対する副作用としての「悪心(おしん, 吐き気)」や、腸に対する「ガスによる張り」「便秘/下痢」、さらに中枢神経への「極端な食欲減退」などの副作用があります。
次に、SGLT2は、ナトリウム-グルコース輸送タンパク質2(Sodium/glucose cotransporter 2)の略称です。腎臓で尿を作るとき、血中の老廃物や尿素と共に濾過(ろか)されたブドウ糖(グルコース)を血中に再回収する機能を持っています。
SGLT2阻害薬は、この機能を邪魔するため、尿中にブドウ糖が流れて、血糖値が下がるのです。ある意味、取り込んだエネルギーを使わないまま排出しているわけで、かつての王侯貴族の贅沢(食べては吐き出す)を連想するのですが、かなり効く薬です。そして、痩せます。
とはいえ、作用機序からして、すでに腎臓に障害が出ている患者さんには使えません。また、利尿作用が強く、多尿/頻尿(ひんにょう)での脱水症状には注意が必要です。さらに、尿中にブドウ糖が多く含まれる(≒高栄養)ことから、尿路感染症や性器感染症の増加や悪化が、副作用に数えられます。
いずれ、どんな妙薬(みょうやく)にも副作用はあります。そもそも、どちらの薬も、低血糖には気を付けて服用しなければいけません。
2型糖尿病を合併しない肥満症には?
2型糖尿病が合併症ではない患者さんには、上記の薬は処方できないので、別の薬があります。マジンドール (Mazindol)という、食欲抑制薬です。ただし、この薬、ちょっと厄介で、薬理学的な特性が覚醒剤と類似していて、習慣性医薬品(habit-forming drugs,※)として、薬機法に規制される劇薬です。
そのため、連続の処方は3カ月、1回の処方は2週間分という制限があります。こうした薬の性質上、酒/薬物の乱用や精神障害の既往、幾つかの内科的疾患が合併する患者さんには処方できません。また、睡眠障害(不眠)や悪心(吐き気)の副作用もあって、実は、日本以外では、販売終了しています。そのくらい使用に注意が必要な薬なのでしょう。
実は、最近(2023年)、厚生労働省から製造承認を受けた、処方箋の必要ない一般用医薬品、いわゆるOTC(Over The Counter, カウンター越しの)医薬品として、肥満症を対象にした製品が販売されました。アライ(alli)と言います。もちろん、誰でも気軽に買えるわけではなく、薬局/薬店で薬剤師さんに相談の上で、です。
アライの薬効成分である「オルリスタット(Orlistat)」は、経口服用で、腸において脂質分解酵素のリパーゼ(lipase)の邪魔をします。食事に含まれる脂質の吸収を阻害することで、接種カロリーを減らし、減量するのです。これ、前回に説明したダイエットサプリの成分、没食子酸(Gallic
acid, ぼっしょくしさん/もっしょくしさん)やエラグ酸(Ellagic acid)と同様の効果ですね。ただし、アライは、大手の薬メーカーが開発した医薬品です。とはいえ、副作用は、前回の懸念(けねん)と同じです。尾籠(びろう)な話、吸収されなかった脂肪は、大便として排泄されますから、人によっては下痢や、便意が制御できなくなったり、酷いと脂肪分が肛門から漏れ出てしまうことがあります。
アライがOTC医薬品で、病院から処方されないのは、なぜでしょうか? 中の人ではないので、想像に過ぎませんが、少し前に、類似物質の「セチリスタット(Cetilistat)」が、肥満症治療薬として認められなかったことに起因するのかもしれません。より正確には、一度は厚労省に承認されたものの(2013年)、減量効果が2%ほどしかなく、合併症の改善(特に、心血管系)に乏しいことが理由で、薬価収載(やっかしゅうさい,
※)が保留され、結局、2018年に販売を諦めたことがあったのです。
| ※保険診療に用いられる医療用医薬品として、薬価基準(リスト)に収載する手続きのこと。 |
上記した、尾籠な副作用には、大人用オムツや生理用ナプキンで対処できますが、それ以外にも、大きな副作用があります。食事の脂肪が吸収されないので、脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K、βカロテン)も不足するのです。特に、βカロテンとビタミンEが有意に欠乏(けつぼう)することが分かっているので、アライを服用するときは、脂溶性ビタミンのサプリを飲む必要があります。
尾籠な副作用といえば、読者の皆さんは、バラムツ(薔薇鯥, Oilfish /学名:Ruvettus pretiosus)やアブラソコムツ(油底鯥・脂底鯥, Escolar /学名:Lepidocybium flavobrunneum)を、ご存じですか? マグロの大トロに似た、美味な深海魚だそうですが(私は未経験)、その油脂は、普通の哺乳類には消化できず、食べ過ぎると、アライの副作用と同じことになってしまうそうです。日本では、厚労省から販売禁止指定されているので、流通することはありません。しかし、魚体が大きく、力が強いため、スポーツフィッシングの対象で人気が高いため、一部の好事家に食されることがあるようです。以前、口にする機会があった私の知り合いは、あまりの美味しさに舌鼓(したづつみ)を鳴らし過ぎて、翌日、とても恥ずかしい思いをしたという武勇伝を聞かせてくれました。少しの便意もなく、ヌルヌルと垂れてきたそうです(失礼!)。
痩せ薬によるダイエットは慎重に!
閑話休題。さて、「医学的に痩せる薬」ですが、アライも含めて、普通の人が安易に手にすることはできません。軽い気持ちでのダイエット、前回のサプリとは違います。ですが、絶対、手に入らないわけでもありません。個人的には、全くお勧めしませんが、金に糸目(いとめ)をつけなければ(※)、自由診療という手段があります。
| ※糸目は、凧(たこ)が風を受ける角度を決める糸のこと。糸目の無い凧は、風の吹くまま制御されないことから、金銭を惜しまず事に当たる様を言う。 |
最近、オンライン診療(online medical consultation / virtual consultation)が増えてきました。スマートフォンやパソコンを使い、インターネットを通じて、医療機関を訪れることなく、医師の診断を受けることができます。近所に医療施設が無い/深夜・休日に発症した/感染症関連で外出できない、など、新型コロナ禍を受けて、具体的に進んだサービスですが、その利便性(convenience
/ accessibility)を悪用して(と、あえて言いますが)、ここまでに説明した医薬品を販売している業者がいます。もちろん、法に触れてはいないのですが、個人的には倫理(morals
/ ethics)に欠けると考えています。
ここまで本コラムをお読みいただけたなら、お分かりかと思いますが、どんな薬にも、相応の副作用があります。それは、医師/看護師/薬剤師といった、医療従者を通して、服用にまつわる、ちょっとした違和感の積み重ねで、大事に至る前に処置される性質のものです。さすがに素人が生半可(なまはんか)に扱える代物(しろもの)ではありません。
とはいえ、美容医療の延長として、自由診療で、それらの薬を扱う医師もおられるようです。まぁ、人類の「美」にかける情熱が計り知れないことは、その辺りに不調法(ぶちょうほう)な私にも察せられます。とはいえ、生命科学の末席を汚す身としては、厳しい現実も記しておくべきでしょう。
自由診療で購入できる「医学的な痩せ薬」ですが、もちろん高価な分、効果はありますが、多くの場合、生活習慣を見直さない、薬だけによる減量は、筋肉の減少を伴います。そして、服用を止めると、ほぼ確実にリバウンドします。このとき増えるのは、まず脂肪だけです。筋肉が落ちると、基礎代謝が下がり、より痩せにくくなります。そして、副作用の心配をしながら、保険の効かない高価な薬に再び手を出すのかもしれません。何とも、不健康な悪循環です。
最後は、私の内なる食欲と怠惰に言い聞かせるような書き方になってしまいました。自らの生活習慣に、偏りを見出して是正することを誓って(……いや、まぁ見出すところまでは、何とか……)、今月は筆を置きたいと思います。
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