Column
第34回 新型コロナウイルスに関するウソとホント(その4) |
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<質問> 昨年(2021年)の秋に落ち着いたと思っていた新型コロナですが、気が付いたら感染者がすごく増えてビックリしています。その割に、世間の雰囲気は切羽詰まっている様子はありません。TVでは「今、流行っているオミクロン株は弱毒化して、重症化しにくいし致死率も下がったから、インフルエンザ並みの扱いで良いのではないか」と言っていました。 実際、「大げさに騒ぎすぎているだけだ」という話も耳にします。通勤電車も、コロナ禍の前に近い混み具合です。外国では、ワクチンパスポートどころかマスクすら撤廃するほど規制を緩和している地域が出てきたというニュースも見ました。一方で、先日(2/7)は、岸田首相が「2月中のできるだけ早い時期に3回目接種を100万回/日のスピードでめざす」と表明したことがニュースになりました。 でも、ここまでワクチン接種を進めたのに、結果的に、オミクロン株の感染は防げていないですし、私もワクチンを2回接種しましたけど、3回目を打つ意味が分からなくなりつつあります(接種券もまだ来ませんし)。ただ、私の医療従事者の友達は「今の第6波は一番酷かった第3~4波よりもきつくなるかもしれない。特に子供たちが心配だ。」と辛そうにしています。いったい、私たち一般人は今、新型コロナに対して、どんな態度で過ごすのが正解なのでしょうか。(神奈川県 B.T.)
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<回答> オミクロン株の出現による急速な変化 一時は新規の死者数がゼロとなる日(2021年11月7日)もあったというのに、年が明けるとともに状況は悪化の一途をたどりました。 2022年2月5日には、国内の感染者(検査陽性者)が10万人を超え(図1)、もはや第3波や第4波を超える死者が出る事態です(2月15日に236人)。 もちろん、最大の原因は、変異株オミクロンの出現です。WHOの命名による変異株オミクロンは、2021年11月9日にボツワナ共和国の感染者から一例目が検出され、同年11月24日に南アフリカ共和国の国立感染症研究所(National Health Laboratory Service, NICD)から報告されました(PANGO リニエージ:B.1.1.529、GISAID クレード:GR、Nextstrain クレード:21K)。 注)「PANGO リニエージ」「GISAID クレード」「Nextstrain クレード」については、第27回で解説しています。
2022年2月15日時点でのPANGO リニエージ系統樹を見て、この2年に渡る新型コロナウイルス変異株の動向(≒点の密度)を振り返ると、アルファ株が2021年前半に猛威を振い、同年後半には猛毒のデルタ株が恐ろしい規模で世界を席巻しました。しかし、オミクロン株は、2021年末の一瞬でデルタ株を押しのけ、各国の人々を蹂躙していることが分かります(図2)。
報告の当初から懸念されていたのですが、オミクロン株のスパイクタンパク質(Sタンパク質)には変異した部位が多数ありました。つまり、ワクチンの感染予防効果(中和作用 ≒ 獲得免疫の抗体とSタンパク質の結合能)が減弱するかもしれないと予測され、事実その予測は的中してしまいました。 (参考) https://www.nature.com/articles/d41586-021-03552-w オミクロン株は弱毒化したのか? 実際、オミクロン株は、ワクチン接種を完了した者の感染や既感染者の再感染、いわゆるブレイクスルー感染(breakthrough infection)が目立ちます。これが、全体として感染者が急激に増加している一因でしょう。 一方で、統計データ上、感染者の重症化率や致死率が下がっていることも事実で、「オミクロン株は弱毒化した」という噂が流れた理由の一つと思われます。しかし、この噂は、端的に言って、デマ以外の何物でもありません。 まず、ワクチン未接種者にとって、オミクロン株は、相も変わらず危険性の高いウイルスです。あえて言うなら、猛毒化したデルタ株に比べれば、重症化率や致死率は下がりました。しかし、実質、中国武漢発のオリジナル株や、これまでの変異株と、同じ程度に戻っただけです。 一方で、ワクチン接種を完了した者にとっては、デルタ株の危険性ですら減弱しているはずで、だからこそ第5波が収束に向かいました。しかし、国民の8割弱がワクチン接種を完了している日本でも、オミクロン株によるブレイクスルー感染は増えています。 つまり、オミクロン株には、ワクチンの中和作用(感染防御)が弱まっていることは確かです。しかし、これは「ワクチンが無駄」という意味ではありません。第29回で説明したように、獲得免疫は「中和作用」の他に「異物の迅速な排除(感染細胞の破壊や除去)」も強化します。 そして「異物の排除」は、オミクロン株に対しても、しっかり機能しています。つまり「ワクチン接種者や既感染者」は、オミクロン株に感染しても重症化しにくいのです。そして「重症化しにくい感染者が多く存在すること」が、第六波の統計データで、見かけ上、重症化率や致死率を下げています。 つまり、「致死率が下がったから、これ以上の対策は不要で、社会規制を緩和すべき」と考えるのは、因果関係が真逆なのです。むしろ、「これまでの対策(≒ワクチン接種率の高さ)があるから致死率が低い」のです。 ブースター接種の必要性 これを前提に、ブレイクスルー感染の影響を抑制するための対策を講じる必要があります。それがブースター接種(三回目接種)です。実際に、先行する諸外国のデータからは、ブースター接種がオミクロン株への中和作用を十分に発揮しています。 ちなみに、既感染者よりも、ワクチン接種完了者の方が、圧倒的に獲得免疫の機能は強いです。できることなら既感染者も、体調が回復した時点でワクチンを接種した方が良いと思います。 そもそも日本において「対策が不要」とすることの困難は、現実の医療現場からも分かります。乱暴な計算ですが、日本における第3波から第4波では1日に7千人前後が感染して100人前後が亡くなっていました(致死率:約1.43%)。 そして、現在の第6波では1日に9万人前後が感染して140人前後が亡くなっています(致死率:約0.16%)。 確かに、オミクロン株の感染拡大で致死率は、ざっくり一桁下がっています。しかし、感染者数が一桁増すことで、結果的に、重症者や死亡者の数は増えています。医療現場に負担をかけるのは、患者の絶対数、つまり「率」より「量」です。 2022年2月21日現在の都内近郊では、ほとんどの救急搬送が受け入れ困難になりつつあるようで、まさに医療逼迫です。繰り返しになりますが、早急にブースター接種という対策を進めて、できる限り感染者数の増加を緩やかにすることが肝心でしょう。 オミクロンはインフルエンザと同じなのか? 「オミクロン株からはインフルエンザ並みの扱いで良いではないか?」という主張も、日本の現状に無理解な意見だと思います。まず、2020年の春以降、日本でインフルエンザは全く流行していません(図3)。
この事実は、新型コロナ禍に対する「感染症対策(手洗い・マスク・三密回避)」が、結果的に、同じ呼吸器感染症であるインフルエンザの流行を日本でほぼ完璧に抑え込んだことを意味しています。 ただし、この世からインフルエンザが消えたわけではありません。実際、アメリカでは、昨年末(2021年11月下旬~12月)からインフルエンザが流行しており、オミクロン株の感染拡大と重なって、被害の大きくなることが懸念されています。
日本の感染症対策は、諸外国に見られるような公権力による強制(ロックダウン)ではなく、社会的に徹底されたものではありません。しかし、例年なら最大で1日4万人を超えるインフルエンザ患者が、今や、ほぼ見られなくなるほどに効果的でした。 一方、同じ条件で、同じ呼吸器感染症の新型コロナウイルス(特にオミクロン株)には、感染者数が10万人/日に達するほどの効果しかないのです。私には、現状が「大げさに騒ぎすぎている」とは、とても思えません。 「軽症」という言葉の意味の勘違い!! さらに言うと「致死率が下がり、軽症が増えるのなら、これ以上ワクチン接種を進めなくてもよい」という話まであるようですが、とんでもない話です。 マスコミを含めて「軽症」という言葉の意味を勘違いしているのでしょう。実際、このイメージのギャップがイラストにされて、インターネットに流れていました(図4)。
私も、第18回で病状の経過に触れましたが、改めて、新型コロナ禍の「軽症」から「重症」は、「肺炎の程度」を基準にしていることを強調しておきます。実際には軽症でも「酷い風邪」で、かなり息苦しいでしょう。 さらに中等症では「酸素投与の有無」で中等症Ⅰと中等症Ⅱを分けますが、この時点で、既に「呼吸困難」です。そして重症ともなれば「人工呼吸器の装着と全身管理」が必要になります。こうした病状の経過を正しく理解すれば、「軽症」を軽々しく考えられないでしょう。 もう一つ、「軽症」が増えることに関連して、オミクロン株の特性が問題になっています。実は、オミクロン株は、肺よりも気管支の細胞で増殖しやすいのです。そのため、喉の痛みを主訴とし、肺炎になる確率が減り、結果、上記の基準で「軽症」に分類される感染者が増えます。 この「肺炎が減る」ことも「オミクロン株は弱毒化した」というデマが流れた原因の1つになったのでしょう。ただし、既に、高齢者の要入院治療者数や死者数は、第5波を超えました。これは、肺炎に至らずとも「オミクロン株の感染によって高齢者の持病/既往症/基礎疾患が悪化する」ことを意味します。 繰り返しになりますが、「軽症が多い」および「重症化しにくい」とは、あくまで「肺炎になりにくい」だけで、体調は悪化します。後段で少し説明しますが、新型コロナ禍は、ただの呼吸器感染症ではないようです。こうした医療の現状を踏まえれば、とても「弱毒化した」とは言えません。さらに、これは高齢者だけの問題ではないのです。 子供たちとオミクロン B.T.さんのお友達も心配されていますが、これまでと違い、オミクロン株では10代以下の子供たちに感染者が増えています。もちろん、高齢者に比べて重症化率は高くありません。しかし、オミクロン株の特性が裏目に出て、子供たちには「軽症」の息苦しさが悪化しているようです。 もともと小児は、大人よりも気管支が脆弱なことも影響しているのでしょう。息苦しさの呼吸音も、喘鳴(ぜんめい)よりクループ(croup)が目立つそうなので、やはり、肺より上気道での炎症が主因と思われます。呼吸の苦しそうなお子さんを看病する親御さんも辛いでしょうね。
東京都では2月初頭(2/1~2/8)だけで、10代以下の感染者が3万7000人を超えました。実に、この時期、感染者全体の4人に1人以上が、子供たちだったことになります。 (参考)https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/tokyo-corona/detail/detail_161.html また、日本全国では、2月15日の時点で10代以下の重病者が5名、死亡者が4名おられます。個人的にショックだったのは、10代の死亡者の1人は、基礎疾患もなくワクチン接種完了者だったことでした。 いかに子供たちの重症化率が低いとはいえ、感染者の絶対数が増えれば、こうした悲しい例も現れるということです。たとえば、アメリカの子供たち(18歳未満)の致死率は約0.013%ですが、累計の感染者数が1000万人以上いますから、推計1300人以上の子供たちが亡くなった計算です。 さらに、2022年1月末から2月にかけて100万人超の子供たちが感染しましたから、アメリカでは、これから3月にかけて、少なくとも130人以上の子供たちが亡くなるかもしれません。あくまで統計上の話なので、1人でも多く助かって欲しいとは思いますが。 (参考)https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#demographics 子供たちへのワクチン接種 第31回でも述べましたが、私は子供たちへのワクチン接種をできる限り早く進めるべきだと考えています。過去に解説してきましたが(第23回、第25回、第28回、第29回)、ワクチン接種が原因で死亡ないし重大な健康被害を受けられた方は、大人にも子供にもいません。 むしろ最近の研究では、「ワクチン接種完了者の方が、『新型コロナ感染症以外の疾患』まで含めた全体の死亡率を下げている」という結果になっています。もちろん「今回のワクチンが他の疾患をも改善した」のではなく、あくまで「ワクチンを原因とする死亡者はいない可能性が高い」、つまり「今回のワクチンの安全性が高い」ことを意味しています。 (参考)https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7043e2.htm そして、子供たちへの安全性と有効性を示すデータが確立したことから、2022年2月時点では、コミナティ筋注(ファイザー製)が5歳以上の、スパイクバックス筋注(モデルナ社, 旧:COVID-19ワクチンモデルナ筋注)は12歳以上の接種が認められています。しかし、子供たちの重症化率や致死率が低いことから慎重になり、子供たちへのワクチン接種を見合わせる方もおられることは承知しています。 もちろん、ワクチン接種を無理強いするつもりはありません。ただ、ワクチンを接種しないデメリットも検討して欲しいのです。つまり、もし感染した場合、「軽症」で済み「重症化」しなかったとしても、一部に後遺症のあることが明らかになったからです。 新型コロナの後遺症 私は、第25回の頃(2021年5月)は、後遺症について「個人差がありすぎて一概には言えない」と説明したのですが、今では(2022年2月)、世界で4億3千万人が感染し、592万人が亡くなっている状況ですので、統計データから「個人差の微妙な偏り」も見えるようになってきました。 実際、医学分野で信頼の厚い論文誌でも後遺症の議論が盛んです。重篤な後遺症の場合、肺のダメージが酷ければ当然「呼吸器の障害」で、退院後も酸素投与が必要ですが、「種々の心血管疾患(不整脈、虚血性及び非虚血性心疾患、血栓症、心膜炎、心筋炎など)や脳血管障害」についても、退院後に慎重な経過観察が望まれています。 それ以外の具体的な後遺症の症状としては、「倦怠感」が圧倒的に多く、ついで「味覚/嗅覚の障害」、「脱毛」、「頭痛/微熱」、「咳/息苦しさ」という身体症状が続きます。しかし、私が特に心配なのは脳の霧(Brain fog)です。 これは「集中力の低下」や「記憶障害」、「考えがまとまらない」などの神経的ないし精神的な症状を総称したもので、先の身体的な症状も含めて、軽快される方がいる一方で、半年以上も苦しまれている患者さんがおられます。今後、子供たちに感染が拡大したとき、乳幼児(0~6歳)や学齢期(6~15歳)の子供たちが「脳の霧」に悩まされることなど想像したくありません。 重症化した患者には「免疫抑制剤の一種(トシリズマブやバリシチニブ)を投与する」と説明したことから(第18回、第31回)、新型コロナ感染症は全身の様々な臓器で炎症を起こし、結果として複雑な免疫のバランスが崩れて暴走した状態が「重症化」と想定されます。 よって、後遺症も、全身性(おそらく感染者の元から弱い部位)かつ免疫由来の、何がしかの不具合なのではないかと予想されます。しかし、まだ病態生理学的(pathophysiologic)に明解な説明ができるほどの研究は進んでいません。 ただ、未解明のメカニズムではありますが、朗報が無いわけではありません。実は、新型コロナウイルスのワクチン接種が、後遺症を抑制する可能性が高いと思われます。 これまでのデータでは、ワクチン接種を完了したブレイクスルー感染者と未接種の感染者を比べると前者の方が後遺症は軽い/少なく、さらに未接種の感染者にワクチンを接種することで後遺症を軽減することができたという結果が得られているのです。個人的な意見ではありますが、ワクチン接種に関しては、前向きに検討することをお薦めしたいです。 ちなみに英語では、新型コロナ禍の後遺症をLong COVID(長期のCOVID-19、WHOによる国際正式名称)やLong Hauler(長距離輸送者、転じて、感染後に長く症状を引きずる人)と表記するようです。
デンマークやイギリスは今後どうなるか? ニュースでB.T.さんの見た、大胆に規制を緩和した国は、デンマークのことですね。デンマークは、2022年2月1日からマスクの着用やコロナパス(ワクチン接種済み/ウイルス陰性証明)の提示など、それまで義務化されていた全ての規制を撤廃しました。 実は、デンマークの感染者数は、同年1月29日の5万人超をピークにして、2月17日現在でも4万人/日を超えており、予断を許さない状況だと思われます。しかし、死亡者数は第5波を超えておらず、医療資源的にもカバーしうると判断したようです。 デンマークの判断は、高齢者(65歳以上)の94%、全国民でも60%以上が、ブースター接種を終えていることを背景にしています。しかし、日本の人口に換算すると(デンマーク:583万人、日本:1億2580万人)、毎日80万~100万人の感染者が出るような感覚です。簡単に真似することが、現実的とは思えませんし、後遺症を無視しているところは心配です。
https://www.buzzfeed.com/jp/yokoinoue/omicron-denmark https://graphics.reuters.com/world-coronavirus-tracker-and-maps/ja/countries-and-territories/denmark/ 心配と言えば、かなりイギリスも心配です。イギリスは、デンマークほどワクチン接種率は高くなく、国内の医療従事者からは拙速だという批判もある中、2022年2月24日から法的な規制を全廃するそうです。 感染者の追跡や濃厚接触者の隔離を止め、75歳以上の高齢者や高リスク者に4回以上のブースター接種を準備することで、感染者のコントロールよりも経済や教育など、社会活動の優先を選んだのです。医療を含めて社会的なリソースが保ちうるのか、見守るしかありません。
世界全体で、感染者数の分析からは、死亡者の大半は「高齢者」と「ワクチン未接種者」で占められています。しかし「子供たち」が死なないわけではありません。後遺症も、全ての感染者に生じるわけではありませんが、まだ完全な治療法は確立していません。私たち一人一人にできることとしては、機会を逃さずにワクチンを接種し、これまでと同様、感染症対策に努めることが、最善だろうと思います。 |