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Column


第53回 新型コロナウイルスの後遺症(罹患後症状)について
<質問>
暑い夏も、そろそろ終わりに近づいてきたのか、夜半はエアコン無しで過ごせています。これで昼間のマスクや感染対策から開放されたら、ありがたいのですけど、まだまだ新型コロナ禍が終わるとは、私の周囲では誰も言いません。というのも、会社の隣の部署で、去年に一度クラスターがあった上に、先日、課長が3度目の感染で、とうとう入院してしまったからです。

お子さんから感染したそうで、「ここのところ、学級閉鎖が多いし、やっぱりねぇ」と話題なんです。ただ、課長も含めて、社員は皆、ワクチン接種していたはずですので、まさか入院とは……と同僚たちの間で不安になっています。

その後で「やっぱりワクチンなんて効かないんだ」という噂が広まって、部長から「課長の入院は新型コロナの肺炎が理由ではなく、後遺症の心筋炎で、軽度だが大事を取った」「ワクチンを接種していたから重症化しなかったが、それでも感染するときは、するので、気を緩めず対策するように」と訓示がありました。

そうは言っても、通勤電車内でマスクしている人は半分以下ですし、部長の訓示で「ワクチンは無意味」という噂は静まりましたが、今度は、後遺症について、皆で怖がっています。

感染を諦めるしかないなら、その前に、リモートワークができる会社に転職したいね、なんて雑談も半分本気だったりします。本羅先生、後遺症について分かってきたことはあるでしょうか? (神奈川県 K.A.)

(2023年9月)
<回答>
K.A.さん、ご質問ありがとうございます。課長さんが入院されたと聞いては、周囲の皆さんを含め、不安も高まることでしょう。不安は「それを知らないこと」で増幅されます。こうして「知ろうとすること」は、不安を和らげるために、とても大切なことだと思います。部長さんの言うように、あと少し、気を緩めずに感染対策を続けることにしましょう。

例年とは違う今年の学級閉鎖
まずは冷静になって、日本の現状をデータから読み取り、そして、新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆる後遺症)の詳細については、後段に、現時点で私に分かる限りを説明したいと思います。

さて、K.A.さんの周りでも話題になっていますが、今年の学級閉鎖や学校閉鎖(休校)の様子は、例年とは少し違います。全国各地でニュースにもなっていますね。

厚労省のデータを基にした、国立感染症研究所(National Institute of Infectious Diseases)の公表資料によると、実は、夏休み前の3週間(7月3日~23日)では、休校が4校に学級閉鎖が309クラス発生していました。これでも新型コロナ禍前からすると異例なのですが、なんと夏休み明けの2週間(9月4日~17日)で、新たに休校が58校に学級閉鎖が1929クラスも発生したのです。


上記は、主に、新型コロナ禍とインフルエンザが原因と思われるデータなのですが、その内、インフルエンザについては、残念ながら、第50回の本コラムで心配していたことが現実となってしまいました。一時は沈静化に向かったと思われた流行が収束しきらず、そのまま次の流行が始まったようなのです(図1)。


インフルエンザの場合、流行の基準は「定点当たり患者数1人」です。例年だと夏場には収束し、秋口から流行が始まるものですが(図1では2019年を参照)、結局、今年(2023年)は「1人」より減ることなく、次の流行に突入したと考えてよいと思います。それも、凄い勢いです(図1拡大図)。

続いて、新型コロナ禍については、まず過去のコラム(第49回と第50回、第52回)でご紹介した、モデルナ日本法人のデータを見てみましょう(図2)。今年(2023年)の5月8日以降、最もリアルタイムに近い国内感染者数の推計値を公表しています。以前から指摘されていた通り、夏の頭から第9波の始まっていたことが分かります。何より、5類に変わったタイミングで、結果的に、第9波の拡がりを招いたように見えるのは、何とも皮肉なことです。


(注1) 公表値の患者数は5月8日まで。推計値は、「エムスリー株式会社 (M3, Inc.)」が独自に構築するデータベースの「日本臨床実態調査(Japan Medical Data Survey, JAMDAS)」による。

ただ、何とかピークは越えたようにも見えます。しかし、油断はできません。前回(第52回)の最後に述べたことと重複しますが、このモデルナ日本法人のデータですら、5類に変わって以降は、現状よりも過小であると読み解く必要があるからです。通常の保険診療になって有料化したため、受診そのものを控えたり、検査を拒否して薬だけを要求したりする患者が増えているため、つまり、このグラフの陰にはデータに載らない感染者が、いるのです。

網羅的な市中の状況を知る目安としては、これも以前から注目している仙台市内における下水サーベイランス(Wastewater Monitoring and Surveillance:下水に含まれるウイルス由来RNAの量から感染者数を予測する方法)でも、高めの横ばい状態が続いています。


この下水サーベイランスについては、北海道札幌市や石川県小松市、兵庫県養父市もデータを公表しています。それこそ、全国からデータを集積できるようになれば、もう少し精度良く新型コロナ禍を俯瞰できるはずですし、政府に音頭を取って欲しいものです。もちろん私が知らないだけ、とは思いますが。


次に、現在流行中の新型コロナウイルス系統ですが、都内感染者のデータによれば、前回の解説(第52回)と、ほぼ同様に、グリフォン(XBB)の亜系統が全体のほとんどを占めています(9月初頭で96%)。心配していた新しい亜系統エリス(EG.5)の勢いですが、他の亜系統と拮抗していてるように見え、少なくとも9月初頭では圧倒的と呼べるほどの勢いはありません。

また、世界中で関心を集めている変異体と紹介した亜系統ピロラ(BA.2.86)も、まだデータ上は大きく可視化されるほどではないようです。ただし、上記したように、受診控えや検査拒否による過小なデータであることを踏まえると、街には相当数の感染者がいても、何ら不思議ではありません。が、少しホッとしています。


早くこのような子供たちの光景を見たいですね! 

学級閉鎖や休校の話に戻すと、結局のところは、マスク着用を始めとする、基本的な感染対策の不徹底によるものでしょう。あえて言葉を荒げるのですが、厚労省と文科省、および地域自治体の認識の甘さによる情報提示の不徹底が、こうした事態を招いたのです。

マスク着用と熱中症に因果関係はありませんし、熱中症は適切な環境温度と水分・塩分補給で回避できるのです。

しかし、無知な指導者たちは、マスクをしなければ暑さや不快感は解消できるとか、そもそも暑さや不快感は我慢するべきものだ、などと指導していたのです。

そしてこれを放置したことが、昨年夏の第7波以降から感染者数を爆発的に増加させ、世界的なレベルに近づくほど新型コロナ禍を増大させた理由だと、個人的には考えています。

そして、それは学校だけに限らず、私たちの社会生活全体に通じることです。「適切な」感染対策を意識することは、本当に大切です。第48回の本コラムでも強調しましたが、これまでも「いつでも、どこでも、マスクしろ!」「どこにも出歩くな!」とは、誰も言っていないのです。

もう聞き飽きたとは思うのですが、「三密回避」と「手洗い・うがい」「公共施設や交通機関での適切なマスク」、そして「ワクチン接種」で、新型コロナ禍を最小限に抑えましょう。

新型コロナウイルスの後遺症
さて、おおよその現状を把握できたところで、ここからは、後遺症の話題に話を移しましょう。少しではありますが、時折、本コラムでも触れてきました。改めて、新型コロナウイルス感染症の後遺症は、正確には罹患後症状(post COVID-19 condition)と称しています。

一般に、「後遺症」とは「急性の症状が治癒した後も残る障害」を意味しますが、新型コロナ禍の場合は、単純に、後遺症と呼ぶには症状が多彩で、むしろ「ウイルス感染をきっかけとして、呼吸器症状が治癒した後に、合併症と呼ぶべき異なる疾病を併発しているのではないか?」という疑問があります。

それゆえの「罹患後症状」という呼び方であって、ただし、これも暫定的な「仮の呼び名」と思います。とりあえず今回の本コラムでは分かりやすさを優先して、以降は「後遺症」と表記して話を進めます。

これまで、世界中から累計7億7千万人以上の感染者が報告されました(WHOの報告/2023年9月)。本当に、人類史上、稀に見る疾病です。しかし、後遺症の病態生理学的なメカニズムについて、全貌は、まだ完全に解き明かされていません。何せ、その定義すら、まだ確定していないのです。

WHOも「新型コロナウイルス感染から3か月以上(少なくとも2か月以上)持続し、他の疾患として説明できない諸症状」という曖昧な表現に留められています。

諸症状と言っても多岐にわたり、「疲労感・倦怠感、関節痛、筋肉痛、咳、喀痰、息切れ、胸痛、脱毛、記憶障害、集中力低下、頭痛、抑うつ、嗅覚障害、味覚障害、動悸、下痢、腹痛、睡眠障害、筋力低下」と、そのバリエーションは、本当に一つの疾病に由来するのか、俄かに信じがたいほどです。

実際、死亡者の解剖から得られたデータでは、まさに体中の細胞に感染した痕跡が認められています。やはり、新型コロナウイルス感染症は、単に風邪(上気道感染症)ないし重症化して肺炎(下気道感染症)という呼吸器のみではなく、全身性の疾病と考えるべきなのでしょう。

参考) Large COVID autopsy study finds SARS-CoV-2 all over the human body
https://newatlas.com/science/covid-autopsy-study-virus-brain-body/

COVID-19-associated monocytic encephalitis (CAME):
histological and proteomic evidence from autopsy
https://www.nature.com/articles/s41392-022-01291-6

COVID Autopsies Reveal The Virus Spreading Through The ‘Entire Body’
https://www.sciencealert.com/
covid-autopsies-reveal-the-virus-spreading-through-the-entire-body

 いつまでも笑顔でいたいですね!

心配される回復後のリスク
特に心配なのが、感染から回復後も、心血管疾患(脳梗塞/心筋梗塞/心不全)のリスクが高まることです。これは既に、ワクチン接種が始まる前から知られていますし、第48回では、子供たちの感染者に「小児多系統炎症性症候群」が増えていることを説明しました。さらに、日本での分析ですが、第5波での感染者についての発症リスクは、心筋梗塞で24.6倍、心不全で6.6倍、静脈血栓症で43.4倍、糖尿病で6.3倍も増加していました。

参考) レセプトデータを用いたCOVID-19後遺症に関する後ろ向きコホート研究
https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2022_rq1_simulations_
for_infection_situations/articles/article416/

そして、その後遺症も、デルタ株(第6波)以前の感染者で、なんと4人に1人が発症しているというのです。確かに多くの場合、後遺症は時間とともに軽快するのですが、中には1年以上も持続する患者が、一定数は存在しています。アメリカでは、2023年8月の時点で、感染者の16%が1年以上の後遺症に苦しんでいるというデータもあります。

参考) Long-COVID in children and adolescents: a systematic review and meta-analyses
https://www.nature.com/articles/s41598-022-13495-5

Prevalence of Symptoms ?12 Months After Acute Illness, by COVID-19 Testing Status
Among Adults - United States, December 2020?March 2023
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/mm7232a2.htm

では、どのような因子が後遺症を発症するリスクになるのでしょうか。これは、医療情報の確からしさの指標、エビデンス・ピラミッド(pyramid of evidence:第28回参照)の最上位である研究(システマティックレビュー)にデータがまとめられています。それによると、最もリスクが高いのは「入院するほどの病状(中等症以上)だったこと(2.48倍)」です。

次に「女性(1.56倍)」「70歳以上の高齢者(1.21倍)」「BMIが30以上の肥満(1.15倍)」「喫煙者(1.1倍)」であることが、後遺症を発症する危険因子でした。また、基礎疾患との関連では、「ステロイド薬や免疫抑制剤の投与(1.5倍)」「慢性閉塞性肺疾患(1.38倍)」「虚血性心疾患(1.28倍)」「喘息(1.24倍)」「不安神経症/うつ病(1.19倍)」「糖尿病(1.06倍)」が、やはり危険因子でした。

一方で、同じ研究には、朗報も含まれています。「2回以上のワクチン接種」では、後遺症の発症リスクが4割も下がっていたのです(0.57倍)。同様のデータは、日本国内でも確認されています。ワクチンを推奨回数接種していた場合、後遺症の発症リスクは大人(18歳以上)で1/4から1/2も少なく(0.25~0.55倍)、子供(5~17歳)でも5割近く下がっていました(0.52倍)。

参考) Risk Factors Associated With Post?COVID-19 Condition
~A Systematic Review and Meta-analysis~
https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2802877

新型コロナウイルス感染症(COV ID-1 9)の罹患後症状について
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001146453.pdf

ここまでの解説で分かってもらえるでしょうが、やはり、ワクチン接種はメリットが大きいです。ただ、前回(第52回)ご説明したように、感染力の増した変異系統の出現が続く以上、再感染(reinfection, 複数回の感染)やブレイクスルー感染(Break through infection, ワクチン接種後の感染)を避け続けるのも至難の業となってきました。

そして、とても厄介なことに、複数回の感染でリスクは跳ね上がるのです。米国退役軍人省(United States Department of Veterans Affairs)のデータを分析したものではありますが、2回目の感染から回復後の半年で、肺・心臓・脳の疾患発症リスクが増大し、死亡率は2倍、入院率は3倍になっているのです。

参考) Acute and postacute sequelae associated with SARS-CoV-2 reinfection
https://www.nature.com/articles/s41591-022-02051-3

感染しないに越したことはない!!!
新型コロナウイルスには、感染しないに越したことはありません。そして、既に感染した人は、再感染しないよう、全力を尽くすべきだろうと思います。それは、幸いにも軽症で済んだ方ほど、と思います。

 やはり人間は健康第一!

特にスポーツ選手など、日常的に心肺能力に負荷をかけている人たちは、回復後にも、しばらく様子を見て、すぐには全力復帰しない方が良いでしょう。実際に、容体が急変して無くなるスポーツ選手がニュースになっています。

この9月20日から、新型コロナウイルスのワクチン接種が始まっています。予約が取れ次第、私も接種するつもりです。私の地域は、皆さんの意識が高いのか、すぐに予約が埋まってしまい、すぐには接種できる診療所が見つからないのですが、何とか10月中には、と考えています。

縁起でもありませんが、念のため、前回(第52回)にもお知らせした、厚労省が公表する各都道府県で罹患後症状を診療する医療機関を下掲しますので、もしものときは参考になさってください。