Column
第42回 新型コロナウイルス(4) ~オミクロン株の亜系統~ |
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<質問> 新型コロナ禍は、もう、このまま終息するのでしょうか。私の職場や周囲を見る限り、誰かの感染報告を日々、耳にしていたときに比べれば、何となく落ち着いてきたような気もします。 ぼちぼち、仕事で対面の打合せも増えてきました。そろそろ、羽目を外さないまでも、少しは遊びに出かけられるかな、と思い始めています。しかし、感染から戻った同僚が、仕事の調子が以前のように戻らない(たぶん後遺症?)、と悩んでいるのを見ると、躊躇します。 本羅先生、実際は、どんな感じなのでしょう?(神奈川県 M.Y.)
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<回答> 現在の日本の感染者状況 M.Y.さん、ご質問ありがとうございます。おっしゃられるように、第7波の感染者数増加は、8月19日をピークに(約26万人)減少していますが、今(10月14日現在)の新規感染者数が約3万6千人(7日平均:約2万9千人)と、第五波のピーク(昨年8月25日の新規感染者数:2万5千人、7日平均:2万3千人)を上回っており、底を打つ前にブレーキがかかった印象です(図1左図)。 実際、ここに来て、私の身近にも新たな感染者が増えてきました。一方で、死者数の増加ですが、第6波のピーク(2月25日の約280人)から倍増するかも……という悪い予想は、医療従事者の尽力で抑え込まれ、9月2日の350人から減少に転じています(図1右図)。しかし、後述しますが、子供たちの犠牲は、じわじわと増えています。 オミクロン株の影響を知る目安として、今年(2022年)に入ってから新型コロナ禍で亡くなられた方の累積値を年代別にグラフ化してみました(図2-1)。 やはり60歳以上の高齢者に死亡者が多いのですが、その中では60代女性への影響は比較的軽いようで、同じグラフを下方に広げると、50代男性よりも死亡者の少ないことが分かります(図2-2)。 さらに下方に広げますと、おおよその傾向としては、同じ年代なら女性より男性に、同じ性別なら高齢の方に、死亡者が増えていて、基本的には、これまでの新型コロナ禍と同じです(図2-3)。 注目するべきは、数は少ないながらも、子供たちの犠牲が増えてきており、特に男女ともに10歳未満の犠牲者が、20代女性よりも多くなっていることです(図2-4)。
オミクロン株の流行以降、重症化した20歳未満の子供たちの約7割、亡くなった子どもたちの約半数には、基礎疾患がなかったようです。つまり、健康な子供たちでも、全く油断が出来ないことになります。 子供や若い世代のワクチン接種率の上昇を! この状況は、やはりワクチン接種率の低さが響いているのでしょう。前々回(8月15日)から約2か月が経ち、10月3日時点で、60歳以上の4回接種率は、40%から70%に増えました。 しかし、60歳未満では、たった6.2%に過ぎません。3回目接種ですら、50歳代で8割弱、40歳代で6割強、30歳代で5割半ば、20歳代で5割と、この2か月、ほとんど増えていません。 12歳~19歳では、ようやく4割を超えましたが、そもそも2回接種の完了率が8割に届いていません。5歳~11歳に至っては、2回接種の完了率が2割という有様です。 そんな中、7月にファイザーが申請していた「5歳未満の子供たちへのワクチン」が、10月5日、ようやく承認されました。おそらく10月中には、接種について、厚労省からアナウンスされるはずです。 心ある方々には、5歳未満も含めて、10代の子供たちまでの2回接種完了から若い世代のブースター接種まで、ワクチンの普及に努めて欲しいと願っています。 心配される次の感染拡大の可能性 なぜ、そこまで強く薦めるのかというと、もちろん、この新型コロナ禍を終わらせたいからですが、その鍵になるのは、変異株です。一気に感染を抑え込むことこそが、結果的に変異株の出現確率を下げるのです。 今、オミクロン株以降の変異株が、どうなるのか、本当に恐ろしいです。もちろん、杞憂に終わることが望ましいのですが、新型コロナウイルスの変異株を追跡する、PANGOリニエージ系統図を見ると、背中に冷たいものが流れます(図3、PANGOリニエージについては第27回を参照)。 これまでに2回、その時点における系統図を掲載しました。最初は、昨年の7月です(第27回)。このときは、アルファ株の被害が広がり、それを上回る勢いで広まる、デルタ株の惨事を見ました。 2回目は、今年の2月です(第34回)。変異株の中でも、特に強毒化し、被害を拡大したデルタ株と、それを一瞬で押しのける勢いのオミクロン株を確認しました。 そして、今回です(10月)。オミクロン株の広まり方、特に亜系統(株と呼べるほど変異が大きくない)の数の凄まじさが、お分かりいただけるでしょうか。 このような事態は、オミクロン株の感染力が激増したと同時に、感染者から感染者に広がる中で、ウイルスの遺伝子変異が繰り返されていることを意味します。 オミクロン株の亜系統 実際に、研究者たちは、オミクロン株の亜系統の中から、次の感染拡大につながる可能性を警戒しています(図4)。 これまでWHOは、アルファベット順のギリシャ文字を正式な系統名にしていますが、研究者たちは、特に危なそうなオミクロン株の亜系統に、ギリシャ神話に登場するキャラクターをニックネームとしているようです(注1)。
望まれるワクチン接種率の上昇と基本的な感染対策 日本では、ワクチン2回接種が全体で8割以上、高齢者では9割後半に達し、デルタ株の第5波までは、ほぼ抑え込むことができました。 個人的には、そのままの勢いでブースター接種も進めていれば、オミクロン株の第6波から第7波も、もっと抑えられただろうに、と思います。 しかし、まだ終わりではありません。次に来るであろう、第8波(おそらく、新たな変異系統)に備えて、若い世代のワクチン接種率を上げる必要があります。 改めて、お気づきになられた方もおられるでしょうが、オミクロン株のPANGOリニエージは、アルファベットがBAです。 変異が4世代を超える毎に、新しいアルファベットを当てるのですが、第27回での懸念は的中してしまい、ZからAA、さらにAZを超えて、オミクロン株がBA、オミクロン株亜系統の「タイフォン」と「ケルベロス」がBQです(それぞれ9世代目と10世代目の変異株)。 10月12日時点で、PANGOリニエージのアルファベットは、BZを超えてCAに続き、CG.1(B.1.1.529.5.2.26.1)に達しています。 図3に示した系統樹には、2847株の変異系統がまとめられていますが、昨年(2021年)の7月には1700株ほどだったことを考えると、感染者から感染者へウイルスが広がり続けることで、ここまで変異系統が増えたことに驚愕します。 できるだけ早く、感染拡大は抑えるべきです。その大切さが、実感できるのではないでしょうか。 もちろん、ワクチンだけではありません。これまでと同様に、三密回避と手洗い・マスクといった基本的な感染対策も続けるべきです。 特に心配になるのがマスクです。第40回でも触れましたが、子供たちへの感染拡大に、マスクの不備が影響したのは確実です。 しかも科学的根拠のないデマが原因です。さらに、恐ろしいことに、今、政府(一部の政治家)やマスコミが、国民に「マスクを外す」ことを呼びかける異常事態が発生しています。 もちろん、三密でなければ、マスクの必要性は低いのですが、「マスクは日本特有の同調圧力」だの「外して経済を回す」だの、「諸外国では、もうマスクはしないのが普通」などと、意味不明な世迷言が出回っています。 まず、マスクは「感染対策」であり、「精神的な何か」ではありません。また、マスクと関係なく、新型コロナ禍以前から日本経済は不調です。そして、少し調べれば分かりますが、諸外国でも、まだ普通にマスクを奨励しています。 むしろ、世界の方が、日本の感染状況を称賛してくれています。賢明な皆さまには、適切な場所とタイミングで、マスクの着脱を判断して欲しいと思います。 第8波の到来 ここで、第40回の図4と同じ内容を図5に示します(ただし、現在、新型コロナ禍関連のデータを取らなくなったイギリスは、外しました)。 実際に、諸外国では、死亡者数(≒感染者数)が、増加に転じており、すでに第8波の始まっていることが分かります。 日本は、諸外国より第6波の被害を抑えられました。また、第7波の到来を遅らせはしましたが、一部の感染対策の甘さから、諸外国にならぶほどの感染状況になりました。 結果的に、そのピークの遅れが「新規感染者数が世界一になった」という誤報(第40回を参照)に繋がったのでしょう。 そして第7波が遅れた分、今は収束していくように見えますが、いずれ日本でも第8波は始まります。そして、それはマスクやワクチンについての危険なデマに乗せられる人が増えるほどに、早まることでしょう。 インフルエンザとの同時流行 さらに、今、感染対策を緩めてはいけないと強く思うのは、世界的に見て、次の第8波が、インフルエンザと同時に流行すると心配されているからです。 第34回でも触れましたが、アメリカでは昨年末からインフルエンザが流行していました。夏になって落ち着いてきたのですが、感染者数が下がりきらぬまま、例年より1カ月ほど早く、次の流行が始まりつつあります(図6左図)。 また、南半球は、インフルエンザ流行の先触れとなることが知られていますが、その代表としてオーストラリアに注目すると、2020年と2021年で、ほぼ抑制されていた感染者数が、今年(2022年)になって明らかな流行を示しています。 しかも、例年より流行開始が2か月ほど早く、感染者数も増えているのです(図6右図)。さらに、ヨーロッパにおいても、インフルエンザと新型コロナ禍が同時に流行する懸念が、WHOから発せられています。
第34回で触れましたが、日本の状況は、先に挙げたオーストラリアに似ています。2020年の春以降、2021年から現在まで、インフルエンザの流行は途絶えています。しかし、2022年10月11日から、外国人の新規入国制限が見直され、水際対策は事実上の撤廃ですから、早晩、インフルエンザウイルスも持ち込まれると考えるべきでしょう。 したがって、可能な限り、インフルエンザのワクチンも接種する方が良いと思います。これから新型コロナウイルスのワクチンを打たれる方は、一緒に接種しても良いですし、期間を気にせずに接種しても問題ありません。また、インフルエンザに関しては、これまで通りの感染対策を続けることで、抑え込める可能性は十分にあると思います。 予防に勝る薬なし! 後遺症(注3)については、第34回でも触れました。報告は増えているものの、未だ病態生理学的なメカニズムは判然としません。エビデンスレベルは高くないのですが、はっきりしていることは、「ワクチン接種済での感染後遺症は、比較的、少ない/軽い」です。
また、第34回で、「未接種者の感染後にワクチン接種すると、後遺症が軽減する」とお伝えしたのですが、こちらは、その後「軽減しない」という報告もあって、まだ確実ではありません。 つまり、まだ、後遺症に明確な治療法は無いのです。「感染して自然に免疫を得る方が良い」と考える人も一部におられるようですが、「感染しないに越したことは無い」のは間違いないと思います。 後遺症の問題は、その症状の多彩さゆえ、一律に判断できないことにもあります。呼吸器系、循環器系、神経系(味覚・嗅覚、精神症状、痛覚)、消化器系、皮膚症状にまでに跨る複数の症状が、本当に新型コロナウイルスの影響によるものなのか、それとも別の疾患によるものなのか、しっかりと病態と病原を見極めなければなりません。 これが除外診断(Diagnosis of exclusion)あるいは鑑別診断(Differential diagnosis)です。ざっくりと言えば、各種の検査を駆使した「消去法」による確定診断です。 同じ症状でも、その原因によって治療法を変えるのは当然です。今の医科学では、何にでも効く万能薬は、夢のまた夢。あえて言うなら、「予防に勝る薬なし」です。 いつもの繰り返しになって、申し訳ないのですが、これが王道だと思います。M.Y.さんのご同僚も、ご無理なさらず、できる限り、医師にご相談することをお薦めします。M.Y.さんが遊びに行かれる場合も、これまで同様の感染対策を意識されたうえで、お楽しみくださいませ。 |