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第43回 更年期障害 |
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<質問> 先日、帰宅すると、何だか妻が、とても気怠そうでした。調子を尋ねると、「ちょっと顔が熱いの。あと、耳鳴りや眩暈が辛くって」と言うもので、僕は慌てて「救急病院に行こう!」と、スマホでタクシーを呼ぼうとしました。 すると、「止めてってば、更年期障害よ」と、妻から呆れた声で笑われてしまいました。僕は、てっきり、妻が新型コロナに罹ったか、と……。その後、食卓で話を聞くと、僕が鈍感だっただけで、ここ数日、妻の体調はイマイチだったようです。 ホッとしつつ、自己嫌悪しつつ、晩酌の缶ビールを口にしますと、妻が、「そういうアナタだって、どうなの? 男の更年期障害も辛いらしいわよ」と、軽口を叩きます。僕は「何を馬鹿なことを……」と返したものの、さらに「前よりお酒が減ったし、休日にも出かけなくなったじゃない?」と追撃され、勢いなく、缶をテーブルに戻しました。 確かに、妻の言う通りですが、自分では(新型コロナ禍で)自粛しているだけ、それに子供の手も離れたし、と思っていました。ただ、もしかして、僕も更年期障害なのかなと考えると、少々不安になりました。何せ、僕の若い頃は、男性の更年期障害なんて聞きませんでした。むしろ先輩達が僕の年の頃は、さらに上の大先輩達から「しっかりしろ!」と叱咤激励だった気がします。どうなのでしょうか? (神奈川県 K.Y.)
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<回答> K.Y.さん、ご質問ありがとうございます。私も50代でして、お話を拝見しながら、はたと、もしかして自分も更年期(climacteric)かも?と考えました(すぐ影響されがち)……が、たぶん、大丈夫です(笑)。 私自身は、この新型コロナ禍もあって、近年で最も健康に配慮していますし、先日も、オミクロン株対応の5回目ワクチンとインフルエンザワクチンを接種しました。今年の健康診断でも改善傾向の数値です(良いとは言いません)。 しかし、独り者で、日常の変化に気づいてもらえる身寄りが、近くにいません(苦笑)。体調には、より自覚的でないといけませんね。 更年期障害は老化現象の一種? K.Y.さんがおっしゃるように、女性の更年期(Menopause)に加えて、男性の更年期(Andropause)にも医療の目が向いたのは最近のことで、欧米でも1980年代からです。そもそも更年期障害(climacteric disorder)とは、誰しも起きる老化現象の一種であり、長らく医療対象外でした。 しかし、先進諸国で急速に進む高齢化社会(Aging society)を背景にして、治療対象となった経緯があります。老化現象と言われると、少々耳が痛いですが、冷静に対処したいところです。 ざっくり言えば、更年期障害の本質は、ホルモン(hormone)のバランスが崩れて、全身性に不快な症状が生じることです。きっかけの多くは、生殖腺(注1)から分泌される性ホルモン(注2)の減少ないし欠乏です。 俗に、「性」と「若さ」は一括りで扱われますから、「更年期障害」と「老化」の結びつきは、実際以上に強く、イメージされるのでしょう。
ホルモンのネットワークシステム 生理学的な観点からは、私たちヒトを含む生物の身体が、環境に適応して成長し、円滑に機能しうるのは、細胞から組織、器官、臓器、そして全身にまで張り巡らされた、精緻な情報ネットワークのおかげです。その、ネットワークの土台が、ホルモンです。 情報として機能するホルモンは、内分泌器(endocrine organ, (注3))から、血液や体液を介して体内を巡り、特定の細胞(情報の受け手)に取り込まれます。そして、各組織や器官、臓器の機能を協調させます。 つまり、外部からの影響や体内の変化に対応し、体内環境を良好かつ一定に保持する、生理活性物質(physiologically active substance / bioactive substance)が、ホルモンなのです。そして、ホルモンと内分泌器を生理システムとして理解する研究領域が内分泌学(endocrinology)です。
内分泌学的には、性ホルモンは、視床下部-下垂体-性腺系(Hypothalamic-pituitary-gonadal axis, HPG軸)というシステム内で機能します。HPG軸は、脳の深奥にある視床下部(hypothalamus)を最上位とし、下垂体(Pituitary gland, 脳下垂体とも)を中継して、末梢の性腺(=生殖腺)を制御する、ホルモンのネットワークシステムです。 まず、視床下部が性腺刺激ホルモン放出ホルモン(Gonadotropin releasing hormone, GnRH)を分泌します。GnRTは下垂体を刺激し、下垂体は性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン, Gn(注4))を分泌します。 続いて、ゴナドトロピンが性腺を刺激すると、性腺が性ホルモンを分泌し、そして、性ホルモンが全身の性徴を促進するのです(第二次性徴)。 一方で、性腺の分泌するホルモンは、上位の内分泌腺である、下垂体や視床下部を抑制します。これを負のフィードバック機構(注5)といい、体内における性ホルモンの濃度を安定させます。ここまでは、男女に共通したシステムです(図1)。
ちなみに、第4回で触れましたが、生理学では、体内環境を維持する生体機能をホメオスタシス(Homeostasis、恒常性)と言います。そして、ホメオスタシスの「機能を損ねる/能力を超える」ことは疾病の原因に数えられます。 その意味では、更年期障害も「ただの老化」ではなく、「ホメオスタシスの崩れた状態」と解釈すれば、「崩れた程度」に合わせて治療を行うべき、と考えることに違和感はないでしょう。 幅広い更年期障害の病態 しかし、更年期障害の諸症状は、単なる内分泌代謝の失調ではありません。免疫系や自律神経系、神経内科系の問題や、精神科系の症状からアプローチが必要なこともあります。 更年期障害の病態は幅広く、とても個人差が大きいのです。実際、「何となくスッキリしない/原因が特定されない/各症状はそれほど重くない」といった、不明瞭かつ曖昧な体調不良、いわゆる不定愁訴(indefinite complaint / unidentified complaint)が、更年期障害の特徴です。具体的には、「血管運動神経症状」と「精神神経症状」の2大症状に、「運動器」「消化器」「皮膚・粘膜」「泌尿器・生殖器」の症状が組み合わさるようです(表1)。
また、訴える症状は多彩ながら、人種や文化によって差のあることが知られており、わが国でも、邦人女性向けの評価表が作られています(表2)。
しかし、発症の初期は特に、症状の辛さを周囲が理解し難く、本人も我慢すれば我慢できたりします。そのため、治療の遅れから、社会生活を満足に営めなくなる方もおられます。また、発症が、家族や仕事などの人間関係、自身の人生の節目など、「社会的/文化的/環境的」な変化に同期することも、個人差を広げていますし、治療へのアプローチを難しくしています。 正常な女性の内分泌システム 前回(第42回)にも触れましたが、症状が意味するところ(病態)から、何が原因なのか(病原)を適切な検査で絞り込み(除外診断/鑑別診断)、確定診断に至って治療方針が決定します。まずは、異常を理解するために、正常な女性の内分泌システムから解説しましょう。 先に説明したように(図1)、性ホルモンは、HPG軸で理解できます。女性の場合は、生殖腺が卵巣であり、直接的な末梢器官は子宮です。(注4)で説明しましたが、ゴナドトロピンは、卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)の2種に分けられます。 FSHは、卵巣内の卵胞を刺激し、卵を成熟させます。このとき、卵胞と卵巣からは、女性ホルモンであるエストロゲン(注6)と、下垂体に特異的に作用してFSHの分泌を抑制するインヒビン(注7)を分泌します(負のフィードバック)。
エストロゲンは、子宮のみならず全身に作用して性徴を女性化し、卵胞の成熟が進むほどに分泌量を増します。卵胞が成熟し終わると、下垂体からのLH分泌量が一気に上昇します。 これをLHサージ(LH surge)といいます(注8)。卵胞は、LHサージをスイッチにして排卵し、さらにLHの働きで、黄体(ラテン語:Corpus luteum, 英:Yellow body)に作り変わります。そして黄体は、2つ目の女性ホルモン、ゲスターゲン(注9)を分泌します。
黄体は、着床した卵および胎盤から分泌されるホルモン(ヒトの場合は、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(Human chorionic gonadotropin, hCG))で維持されます。もし、胚が子宮に着床せず、このホルモンが分泌されなければ、ヒトの場合、黄体は約12日で分解します。
黄体が分解し、ゲスターゲンの分泌が途絶えると、子宮内膜の肥厚が維持できずに剥離・出血します。これが、月経(Menstruation / menses, いわゆる「生理」)です。 思春期を迎えて始まった月経は、およそ1カ月周期(25~36日)で生じ、卵巣から卵母細胞が無くなるまで続きます。女性の卵母細胞は、胎児期の数百万個から選抜による減少を続け、月経が始まる頃で30万個ほどと言われています。 通常は、1度の月経で1つ排卵されますが、成熟の途中で選抜により脱落する卵母細胞も多く、最終的な排卵は、生涯で400個ほどと言われています。そして、卵巣から、全ての卵母細胞が消失したときが、生理学的な閉経です。 しかし、卵巣の状態(卵母細胞の数)は、体外から分かりませんから、経験的な閉経の定義は「12か月以上の無月経」です。そして、婦人科的には、更年期を「閉経前後5年(計10年)」と定義しています。 つまり、「閉経前の5年」は、後から振り返るしかないため、厳密には、閉経前に更年期を確定できません。ただし、日本人女性の閉経年齢は、平均して50~51歳と言われていますので、ざっくり45~55歳の女性が(表1)の臨床症状をお持ちで、(表2)の評価表などに当てはまるなら、更年期障害を疑います。 もし、対象年齢前後で無月経が12カ月未満、あるいは、もっと若年でも子宮を摘出された女性だと、「a. エストラジオール(E2)の血中濃度が基準値より低いこと」と「b. 卵胞刺激ホルモン(FSH)の血中濃度が基準値よりも高いこと」の確認で、閉経と見做せます。 これは、閉経で「卵巣機能が低下ないし停止」すると、E2の分泌が不足して(a)、FSH分泌に対する「負のフィードバック機構」が不能となり、結果、血中FSH濃度が過剰になること(b)を意味するからです。 逆に、表1および表2に当てはまる臨床症状があっても、「月経が順調」かつ「血中E2濃度が十分に高い」ならば、更年期障害とは看做しません。 男性の更年期障害 次に、男性の場合を見てみましょう。男性も、基本はHPG軸で、生殖腺が精巣になります。女性と同じく、男性でも視床下部の分泌するGnRHが、下垂体を刺激してFSHとLHを分泌させます。 そして、FSHは精子の形成と成熟に働きかけ、LHは精巣を刺激して男性ホルモン(アンドロゲン, (注12))を分泌させます。同時に、精巣はインヒビン(注7)を分泌し、下垂体からのFSH分泌を抑制し、アンドロゲン自身も視床下部を刺激して、GnRHの分泌を抑制します(負のフィードバック)。
男性の場合、女性における月経のような、生殖腺の成熟と性ホルモンによる生理学的な反応はありません。生殖腺の成熟という意味では精通(spermarche)が近しいですが、女性における閉経(それに伴う急激な性ホルモンの減少)のような現象に至っては、男性には存在しません(注14)。 しかし、30代以降、男性の血中アンドロゲン濃度は、緩やかではあるものの減少し続けます。さらに、女性よりも、ホルモンの変化に個人差の大きいことが知られていますから、男性更年期の明確な定義はありません。 したがって、男性の場合は「更年期障害」ではなく、男性ホルモンの血中濃度に基準を設けて、加齢男性性腺機能低下症候群(late-onset hypogonadism, LOH症候群)と、より正確な医学的症状で呼ぶようです。 また、女性と同様に、単なる内分泌代謝の失調ではなく、様々な不定愁訴を訴えて来院される方が多いようで、人種や文化的背景が影響している可能性もあります。 本邦男性に対応させた問診票もあるようです(表3)。性的因子で、より具体的なところは少し違いますが、おおよそ、女性の評価表(表2)に似た内容です。 いずれにせよ、40代以降の男性は、いつ発症してもおかしくないようですし、意外に、若齢者にも患者はいるようです。
更年期障害が疑われたら? もし、更年期障害/ LOH症候群が疑われると、まずは除外診断です。一般内科の血液生化学検査によってスクリーニングし、次に、高血圧や糖尿病の他、泌尿器科や精神科など各専門科での鑑別を行い、「病的な器質的変化(注16)の無いこと」を確認します。 特に、悪性疾患(がんなど)や甲状腺機能障害とは、自覚的な臨床症状が重なりますし、好発年齢でもあることから、慎重な鑑別が必要です。また、精神科では、うつ病や神経症など精神疾患との鑑別も重要になりますし、治療の段階でも、丁寧なカウンセリングが功を奏することも多いようです。
医師に更年期障害と言われたら? 除外診断から、更年期障害に確定診断されると、治療の第一選択は、ホルモン補充療法(Hormone replacement therapy, HRT)です。 女性の場合はエストロゲン(卵胞ホルモン)とゲスターゲン(黄体ホルモン)、男性の場合はアンドロゲン(男性ホルモン)を医薬品で補充することになります。 女性の場合は、血管運動神経症状(火照り、のぼせ、異常発汗、動悸、眩暈、高血圧症など)に顕著な改善効果が見られるのですが、男性では改善しないことが多く、性機能の改善や筋骨系の増強には顕著な効果があるようです。 他にも、様々な個人の体質や病歴などを考慮しながら、投与計画を立てます。女性の場合は漢方薬やプラセンタ(注17)が処方されることもあります。 男女ともに精神神経症状(情緒不安、イライラ、不安感、抑うつ、不眠、頭重感)が強い場合は、向精神薬や心理療法も取り入れます。男性の場合、性機能の症状が強いなら、PDE5阻害薬(いわゆるED(Erectile Dysfunction, 勃起不全)の治療薬(注18))の投与も検討します。
多くの場合、更年期障害の治療は年単位の長期に及ぶため、定期健診は必須になります。実際問題として、過去、性ホルモンの無分別な投与で(すごく元気になる人がいました)、発がん率の上昇することが社会問題になったこともあります。 もちろん、現在では、発がん率の高まるような投与は行われないはずですが、投薬の副作用が出た場合は速やかに治療の中止が必要ですし、その意味でも、かかりつけ医との定期的なコミュニケーションは大切になると思います。 ある程度まで年を取れば、更年期障害に限らず、アチコチ、身体的な不調は出てくるものです(私もそうです)。とはいえ、一昔前よりも、良い薬や治療法が増えてきたことも事実です。どうせなら、ピンピンコロリを目指しつつ、肩の力を抜きながら過ごしていきたいですね。 <コーヒーブレイク> 性ホルモンと発毛 内容がわき道にそれるので、本文では言及しませんでしたが、女性でも男性ホルモンに生理機能はありますし、男性でも女性ホルモンは機能しています(黄体ホルモンはありません)。もちろん、それぞれに異なる働きがあるのですが、ちょっとした小話になるかな、と思うのが、性ホルモンが発毛をコントロールしていることです。ただし、男性ホルモンは「体毛・陰毛」、女性ホルモンは「頭髪」に働いています。これが、高齢男性に禿頭が多い理由です。女性の側の事情は下品な話になってしまうので、省略します。 |