Column
第45回 新型コロナウイルスに関するウソとホント(その5) |
||||||||||||||
<質問> この冬は暖冬か?と思いきや、さすがに年が明けると寒さが厳しくなりましたね。月末には、数十年来の大寒波がくるのだとか。今からブルブル震えています。 ところで新型コロナウイルスやインフルエンザの流行ですが、前回(第44回)説明されたように、すごく増えましたね。とはいえ、新型コロナウイルスについては、第7波に比べて感染者数の増え方が衰えていますし、ピークも超えないように見えます(ここから増えるのかもしれませんが)。 それもあってなのか、分類をインフルエンザと同じ5類にすると報道がありました。これで、マスクも神経質にならずに済むなら嬉しいのですけど。ただ、一方で、私と同じ神奈川県で、基礎疾患のない5歳くらいの女の子が感染して、たった2日でなくなったという報道も見ました。 私の周囲にも、感染者がポツポツと見られます。オミクロン株の変異系統は、本当にインフルエンザと同じくらいの怖さなんでしょうか?(神奈川県 N.M.)
|
||||||||||||||
<回答> 神奈川県 N.M.さん、ご質問ありがとうございます。私も12月こそ薄手のダウンジャケットで通勤していて、電車内では汗をかくほどでしたが、年を越してからは、日の沈んだ帰宅時にはブルブル震えています。電気代が心配なのですが、家のエアコンの温度を上げたり、電気毛布を導入したり、の検討で悩んでいます。ここから、どんどん寒くなると考えるだけで、頭が凍りそうです。 さて、国立感染症研究所の発表によれば、1月半ばにして、インフルエンザの流行は全国的になっていますし、特に、沖縄での感染状況が深刻です。新型コロナウイルスとの同時流行で、どれほどの被害になるのか、とても心配です。 新型コロナ 第7波と第8波 新型コロナ禍ですが、2023年1月24日現在では、N.M.さんがおっしゃられるように、第8波の勢いは、第7波より緩やかな気がしますし、もしかすると峠を超えたような気もします(図1左)。 しかし、以前から説明しているように、より正確な状況は、死者数で評価するべきです。図1右を見ると、明らかに、第8波の方で、被害が大きくなっています。 それぞれ最大値で比べてみます。感染者数では、第7波(260999人/2022 年6月19日)を第8波は超えておらず(245542人/2023年1月6日)、あまり変わりませんが、死者数では第7波(350人/2022 年9月2日)を第8波が大きく上回り(503人/2023年1月14日)、軽く4割増しです。 もちろん、第8波に関しては、今後の動向次第ですが、現時点でも、第7波を遥かに超える感染規模だと言えるでしょう。現在流行中のオミクロン株の変異系統が、特異的に致死率を高めているわけでもないので、これは単純に、2022年9月26日以降、感染者の全数把握が簡略化されたことを反映しているのでしょう。 つまり、「公式にカウントされない感染者が数多くいる」ことを意味します。仮に、致死率が変わっていないと仮定すると、実際には、単純計算で、最大1日に3万5千人を超える新規感染者がいたことになります。 これまで用心深く過ごしてきた方々でも、油断は禁物です。ここまで、実際の感染状況と感染者数が乖離してしまうと、現状の把握に、感染者数は何ら役に立ちません。 この話は、早くに全数把握を諦めていた諸外国と同じではありますが、死者数がデータ化されるまでには、おおよそ2週間ほどの遅延時間(delay time)があることを考えると、より即時的(real time)な指標が求められます。 現状で、それに最も相応しい技術の一つは、「下水中のウイルス由来RNA濃度の測定」かもしれません。 例えば、アメリカではハーバード大学を中心にマサチューセッツ州(Commonwealth of Massachusetts)で、日本では東北大学を中心に仙台市で、データが取られ、発信されています。 まだ、一部地域で試されている段階ですから、確定的なことは言えませんが、少なくとも仙台では、流行の広まりは「緩やかに鈍化しているかもしれない」とのことです。 少しだけ明るい話題ですね。この方法で世界中からデータが得られたら、ほぼ即自的に、各地域における市中の感染状況を比較可能になると思うので、個人的には、とても期待しています。
新型コロナ 2類から5類へ 政府が、この春から「新型コロナの感染症法上の位置づけを「5類」に移行する見通し」との報道がありましたが、少し考え違いをされている論調の多いことが気になります。 曰く、「季節性のインフルエンザと同じ扱い」になるので「これまでのような厳しい感染対策からは解放される」という具合です。N.M.さんもおっしゃられるように、「マスクも神経質にならずに済むなら嬉しい」という方も大勢おられるのではないでしょうか。 ですが、これは間違いと言って良いと思います。第34回でも触れましたが、ワクチン未接種者にとって、オミクロン株は危険性の高いウイルスです。インフルエンザと同じなど、とんでもありません。 そもそもの、「感染症法上の位置付け/類型」から、誤解されているのでしょう。ここで言う「類型」とは、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(略称:感染症法)」における、感染者対応および感染拡大防止かつ感染予防対策を目的とした、感染症の分類です。 つまり、1~5類の並びは、疾病の悪性/危険性のランキング(ranking)ではありません(表1)。その意味するところは、公衆衛生上、公的機関が社会に取りうる法的な処置の規定なのです。 ですから、新型コロナ禍を「5類」に変更したところで、感染対策としての「三密回避」と「マスク」「手洗い/うがい」の重要性は変わりません。むしろ後述する3から、より一層、徹底しなくてはならないでしょう。
今でも、新型コロナ禍を「2類」と言われる方もおられますが、当初は、SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome, 重症急性呼吸器症候群)のウイルスに似ていることから、政府が「2類感染症」での対応から始めたものの、すぐに「指定感染症」に変わり、令和3年2月13日からは、感染症法の改正によって「新型インフルエンザ等感染症」に変更しています。 5類になれば何が変わるの? この変更によって、新型コロナ禍の流行状況に応じて、法的に柔軟な(flexible)対策を行えるようになったのです。しかし、これを「5類感染症」対応にすると、法律上、大きく5つの点が変わります。 1. 入院調整の公的なシステムが無くなる。 2. 検査・治療費の公費負担が無くなる。 3. 感染者/濃厚接触者に対する療養・待機の要請が無くなる。 4. 対策本部と臨時医療施設が無くなる。 5. 給付金/補助金など経済支援が無くなる。 1については、感染症患者の隔離病棟ないし、感染対策専門の病床を「常時」確保できない一般の病院からは入院を断られるでしょう。つまり、感染症の専門外来と入院設備がある大きめの病院にしか入院できなくなります。 さらに、システムがなくなることで、入院先を探すことも難しくなるでしょう。今ですら、救急医療が、ほぼ崩壊した地域も見られます。都内では救急車の出動率が9割を超え、隊員はトイレに行く暇もなく、居眠り横転事故がニュースにもなりました。 一部の救急救命医からは「とうとう静かになった」とのツイートが流れるほどです。つまり「入院するベッドが埋まり切ったので、救急で患者を受け入れられなくなった」という意味です。 2については、各種検査や治療に応分の自己負担が発生します。例えば、現在、新型コロナ禍の抗ウイルス薬は、3割負担で、経口薬が2万円前後、注射薬で10万円弱かかります。もちろん重症化すれば、いったい幾らになることやら。 命には換えられませんが、一般の方の想像を超える金額になると思います(もちろん高額療養費制度の補助はありますが)。 3については、いわゆる宿泊療養施設が無くなります。したがって、体調不良程度なら自宅で過ごすしかなく、病状が急激に悪化したときの早期医療対応が無くなることを意味します。さらに言うと、これまで以上に、市中での無症候感染者との接触確率が増えるでしょう。したがって、感染対策としての「三密回避」と「マスク」「手洗い/うがい」は、「自分がかからないため」にも「他人にうつさないため」にも、徹底しなくてはなりません。 4については、変異株の流行への迅速な対応が、今のようにできなくなります(今でも不十分ですが)。インフルエンザと同様の定点把握と一部の検体調査だけになりますし、臨時の発熱外来や検査センターも無くなります。もし、感染性/毒性の増した変異株/変異系統が発生した場合、かなりの後手になるでしょう。 5については、事業者や低所得者にとって、辛いことになるのではないでしょうか。 以上のことから、個人的には「5類」への変更を拙速に行えば、社会経済を回すどころか、むしろ感染状況の不透明さと国民の負担が増すだけではないかと思います。 もし現状で不必要あるいは過剰な行政措置があれば、「新型インフルエンザ等感染症」の中で柔軟に対応できるのです。政治家と役人の方々には、その辺りを冷静に舵取りしていただきたいものです。 変異系統を増やし続ける新型コロナ なにせ、オミクロン株は、ヒト-ヒト感染の広がる中で変異系統を増やし続けており、この点では、今後どうなるかは、本当に誰にも予測できません。 前回にも説明した東京都のデータですが(第44回 図4)、第8波のスタートを切ったオミクロン株は、一時、ほとんどをBA.5という種類の株が占めたものの、その後、11月末には7割を切り、種々の変異系統が増加しました。 その後、2023年1月19日時点で公表された同じデータからは、年初でBA.5の割合は半数に抑えられ、その分、変異系統が不気味な増加を続けています(図2)。
そして、またしても、前回には見られなかった変異系統が増加傾向にあります。それは「クラーケン(XBB.1.5, (注1))」です。クラーケンはグリフォン(XBB)が、さらに変異した系統で、実はアメリカでは2022年末から猛威を振るっており、年初の1月後半では感染者の半数を占めるという話も聞こえてくるほどです。 研究データからは、感染性の増していることが予測されます。都内のデータでは、まだ0.3%ほどですが、これまで同様に、注意が必要です。
大事なことは「ワクチン接種」と「基本的感染対策」 これまでにも口を酸っぱくしていますが、感染が拡大している中で私たちにできることは、「ワクチン接種」と「三密回避」、「マスク/手洗い/うがい」という基本的な感染対策しかありません。 2022年1月24日時点で、高齢者の9割が3回目の接種を終えてはいますが、5回目(オミクロン株対応2価ワクチン)まで完了しているのは6割強に過ぎません。 さらに、心の底から心配になるのは子供たちです。2回目を接種した小児は22.9%、3回目を終えたのは8.2%、乳幼児では2回目を接種したのが、たった2.1%です。確かに、小児・乳幼児で重篤な感染者は、高齢者に比べて少ないです。 ですが、発症するや、数日で絶命に至るケースもニュースになるほどには、あります。それは、ワクチン接種で防げたはずの命だと思えます。 もちろん多くは亡くならずとも、今後、後遺症(罹患後症状)に苦しむ子供たちが、社会問題となる可能性は低くないと思います。それは、子供たちのみならず、青年から働き盛りの大人たちまでも同様です。 少し朗報がありましたので、書き添えておきます。第34回でお伝えした「未接種者の感染後にワクチン接種すると、後遺症が軽減する」というお話を第42回では「まだ不確実だ」と否定したのですが、その後、医学臨床系では世界的な権威である「米国医師会(American Medical Association:AMA)」が発行する雑誌、JAMA(Journal of American Medical Association)から信頼性の高いコホート研究で「感染後のワクチン接種で半年後の後遺症を4割ほど抑えられた」という結果が発表されました。
米国人感染者1800人ほどを1年間追跡した研究です。平均年齢40.5歳(18~44歳)と、比較的若い人たちが追跡対象なので、私たちにも参考になるのではないでしょうか。 もし、接種完了前の感染によって、ワクチン摂取を控えておられる方がおられるなら、感染後の体調回復を待って、ブースター摂取を検討してください。一部に「感染後3か月はワクチン摂取できない」と言う医師がおられるようですが、厚労省のアナウンスでは否定されています。安心して接種できますよ。 2023年1月時点で、データベースに登録された新型コロナウイルスの変異は2910株に達しています(2021年6月時点では1700株強でした)。 そして、PANGOリニエージも変異株はDL.1に、組替え株はXBN.1に達しました(注2)。ここまでくると、もう、抑え込むというより、共存を真面目に考えなくてはならないのでしょうが、とはいえ、そのためには、定期的なワクチン接種による獲得免疫と、流行状況に合わせた感染対策は不可欠なのかもしれません。 もちろん、これ以上の流行が収まれば、マスクを外して、お互いの笑顔をご馳走に、会食を楽しむ日々が、必ず訪れます。そこまでは、もう一息、です。ワクチン摂取を済ませて、基本的な感染対策である「三密回避」と「マスク/手洗い/うがい」で頑張りましょう。
|