Column
第24回 デトックスと毒素について |
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<質問> 最近、私の友達はデトックスにハマっています。現代人は、不自然な食生活で体に毒素が蓄積しているから、積極的に排出しないといけないのだとか。 サプリメントや食材でのデトックスは、少し前(第22回)に本羅先生が指摘されていた「フードファディズム」かな?と疑ったりもしますが、よもぎ蒸しや岩盤浴、サウナなどで友達と一緒に汗をかくことは気持ち良いし、これはデトックスかも?と感じます。 良く分からないのですが、実のところ、デトックスとか毒素って何ですか?(東京都 M.M.)
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<回答> M.M.さん、ご質問ありがとうございます。お尋ねのデトックス(detox)ですが、健康法として広まっていますね。しかし、お気づきのように、フードファディズムのような疑似科学と似ています。 多くはエビデンス(evidence, 高い研究レベルの証拠)がありませんし、「現代人の身体に毒素が蓄積している」という報告も見当たりません。控えめに言っても、巷の「デトックス目的の製品や行為」は無意味と思います。 例えば、サウナ。実は、私も好きです。気分がスッキリしますよね。最近では「整う」と言うそうですが。しかし、生理学的には「身体から水分を絞り出す」以上の意味はありません。 ほんの少し、老廃物が汗と一緒に排出されなくもないのですが、肝臓(毒の分解・中和)や腎臓(毒の排出)の働きに比べると、無意味なくらい微量です。 とは言え、サウナは気持ちいいです。第8回で指摘した脱水症状や急激な血圧の変化に気を付ければ、「デトックスには効果がないから無駄だ」などと野暮は言いません。 そもそも「デトックス」とは? デトックスという言葉は「解毒(detoxification)」の略語です。本来、「解毒」は医療行為で、体内に取り込まれた有害物質の悪影響を緩和することを意味します。また、有害物質の悪影響を「毒性(toxicity)」といい、有害物質が生体機能を阻害することを「中毒」といいます。 少し脱線しますが、「中毒」の英訳は、対象物質によって「依存症になる場合」と「ならない場合」で異なります。 前者の代表物質である「向精神薬等の違法薬物」や「アルコール」などの中毒は、“abuse(乱用)”や“addiction(嗜癖)”と英訳します。 一方で、後者の対象物質は「毒物及び劇物、重金属、生物毒、一酸化炭素など」と幅広く、中毒には“intoxation”や“toxicosis”という単語を当てます。ちなみに、ほぼ同じ綴りですが、“intoxication”という単語は、両者どちらの意味の中毒でも使います。 2つの「中毒」の違いは、「解毒」の違いでもあります。前者(依存症)の解毒が、薬物の減量ないし断薬による離脱症状(俗にいう「禁断症状」)のケアであることに対し、後者の解毒は、対象物質に応じた解毒剤(antidote)を投与して、できるだけ早く体外へ排出することです。
どちらにも、同じ「解毒」という単語を用いるので厄介ですが、M.M.さんのご質問にあったデトックスは後者、つまり「有害物質を体外に排出すること」だと思います。 ちなみに「毒」を英訳するときにも、少し注意が必要です。最も広い意味での毒は“poison”です。その中で、生物由来の毒には“toxin”が、“toxin”の中でも特に、昆虫や動物が咬んだり刺したりして注入する毒には“venom”を使います。また公式報告や論文などには“poison”よりも “toxicant”が好まれるようです(分野で変わりますが)。 物質の毒性は「量」で決まる! さて、巷のデトックスで語られる、体に溜まりがちな「毒素」。その正体を検索すると「農薬」や「食品添加物」「重金属」などがヒットします。あらら、困りました。科学用語での「毒素」は、先ほど説明した生物由来の毒“toxin”なのです。 しかし、同じ「毒素」の誤用は日本だけではないようで、英米でも民間医療の延長上に、何となく体に悪くて蓄積しそうなものを「毒素(toxin)」と呼んでいるようです。残念ながら、ほとんどが疑似科学なのですが。 そもそも「毒」が「体に有害なもの」という意味なら、全ての物質は毒です。実際、砂糖や食塩、水ですら大量に摂取すると有害です。要するに、物質の毒性は「量」で決まります。適量なら薬にもなり、過剰だと毒というわけです。 そこで、毒性の指標として考案されたのが「半数致死量(median lethal dose; LD50)」です。LD50は、ある物質を投与した動物の半数が死ぬ分量(mg)を体重(kg)あたりに換算したものです(ヒトの数値は事故などからの推定)。 つまり、物質のLD50が小さい(少量で死ぬ)ほど、毒性が強いということです。ちなみにWikipediaによると、食塩の経口投与によるLD50は3~3.5 g/kg、砂糖は15~36 g/kg、水は86~360 mL/kgだそうです。ご自身の体重(kg)を掛け算して致死量を計算すると、意外かもしれません。 最強の毒素「ボツリヌス菌」 さて、毒素にも色々ありますが、「ボツリヌストキシン(Botulinum toxin, BTX)」は、ご存知でしょうか。ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が産生する毒素で、私の知る限り最強の毒素です(ヒト/経口投与/LD50 = 約0.001 mg/kg)。有名な毒薬「青酸カリ」より、5000倍くらい強い毒ですね(ヒト/経口投与/LD50 = 約5 mg/kg)。 ボツリヌス菌は嫌気性細菌で、名前の由来であるソーセージ(ラテン語で“botulus”)やハム、加熱の不充分な真空パック食材などに混入して食中毒を起こします。具体的には、BTXが末梢の神経筋接合部を壊して筋肉を弛緩させ、呼吸困難で死亡させます。強烈な毒性ですが、BTXは充分な加熱調理で無毒化できるので、食中毒の予防は可能です。 しかし、ボツリヌス菌が作る「芽胞」には、注意が必要です。芽胞は熱に強いので(120℃、4分で不活化)、調理くらいでは除去できませんし、環境が良くなると元の菌体に戻ります。 ボツリヌス菌の芽胞が混入する可能性の高い食品で有名なものが、蜂蜜です。「1歳未満の乳児に蜂蜜を与えてはいけない」ことをご存じの方も多いでしょうが(1987年に当時の厚生省が通知)、これが原因です。 心配しなくとも、大人は蜂蜜でBTXの中毒にはなりません。少しくらいの芽胞なら「腸内細菌叢(intestinal flora:腸内フローラ、腸管に繁茂する多様な細菌群の生態系)」が排除してくれます。乳児がダメなのは、腸内細菌叢が未熟だからです。他には黒糖でも芽胞混入の報告がありますから、離乳食には使わないでくださいね。 病気の治療や美容整形にも使われる「最強の毒薬」! 恐ろしいボツリヌス菌ですが、BTXの筋弛緩作用を利用して、病的な痙攣(けいれん)や痙縮(けいしゅく:病的な筋緊張)を治療できます。「ボトックス治療」といって、微量のBTX(致死量の1/200~1/300)を患部の筋肉に注射します。ちなみに「ボトックス」は「A型ボツリヌス毒素製剤」の商品名で、グラクソ・スミスクライン社(英)が販売している注射用製剤です。 女性の中には、美容目的の「ボトックス」をご存知の方もおられるかもしれません。BTXで表情筋を弛緩させてシワを延ばしたり、咬筋の弛緩でエラを緩和して小顔に見せたり、などを期待するようです。
美容目的で使用される製剤は、「ボトックスビスタ(アラガン社・米)」や「ゼオミン(メルツ社・独)」が多く、他にジェネリック薬品もあるようです。ただし、美容目的の「ボトックス」は保険適応外(自由診療)です。値段の安い美容クリニックでは、質の悪い製剤を使うこともあるそうなので、ご注意を。 しかし、最強の毒薬も、使い方では薬になるというのは面白いですよね。一口に「毒」や「デトックス」などと言っても、何より「正しく知ること」は大切だと思います。 |