Column
第52回 新型コロナウイルス(8) |
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<質問> 本羅先生、こんにちは。 聞いてください。実は、とうとう、私の妹夫婦も、親子4人で新型コロナウイルスに感染してしまいました。妹の説明では、彼女の旦那さん(義弟)が感染元のようなのですが、彼は車通勤の上、体質的にお酒もタバコも嗜みませんから酒場での感染もあり得ません。どうやら同僚から会社で、みたいです。 ワクチン接種は済ませていたので、寝込むほど酷くはなかったのが幸いでしたが、彼の会社は新型コロナに無理解で、「人がいなくて大変だから熱が下がったら3日で出勤しろ」と言われたそうです。彼自身も「ちょっと重い風邪だよ」と言って、自宅での家族の動線や手洗い/うがい/マスクも適当にしてしまい、結果、感染対策に気を使っていた、妹や子供たちにまで感染を拡げたみたいです。 妹は咳や喉の痛みこそ軽かったものの、微熱と体のだるさが続いているようで、「鼻の利かないのが一番ショックなの……」と落ち込んでいました。子供たち(高校生と大学生の男子2人)も、上の子は元気みたいですが、下の子は食欲がないようで、この暑さで夏バテとも重なったのか辛そうにしています。 妹のパート先は、義弟の会社と真逆で、検査で完全に陰性が確認できるまで出社するな、だそうです。義弟も、今になって、喉が痛いと言い出しているとのこと。「後遺症かしら」と、妹が心配しています。本羅先生は、少し前から、既に第9波だとお話しでしたよね。この先どうなると思われますか。(東京都 S.T.)
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<回答> S.T.さん、ご質問ありがとうございます。お身内が感染されたとあっては、さぞかし、ご心配も大きなことか、お察しします。妹さんのご家族には、まずは、ご無理なさらぬように、そして、もし調子が悪くなったら、すぐ医師にご相談いただくよう、お伝えくださいね。 もし、かかりつけの医師が、感染症専門医でないことがご心配なら、各都道府県で新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆる後遺症)を診療している医療機関を厚労省が公表していますので、参考になさってください。 あらためて「デマにご用心あれ!」 それにしても、長引く新型コロナ禍の悪辣さには、辟易しますね。そういえば、本コラムで初めて取り上げたのが第9回(2020年1月)でしたから、かれこれ3年半を超えたことになります。 この間、数多くの非科学的なデマも流されました。実際、本コラムで取り上げて間違いを正したことも、1度や2度ではありません。確かに、あまりにも新型コロナ禍の拡がりが速く、また一向に収まらず、世間一般からは、治療薬などの開発が遅いと思われた節もあります。 しかし、あくまで個人的な意見ですが、この新型コロナ禍におけるワクチンや治療薬の開発は、史上稀に見るスピード感です。それは、世界中の真面目で有能な医療関係者や、優秀な研究者たちの尽力があってこそ、でしょう。 また、過去のコラムでも、各種のデータでお示ししてきましたが、この、文字通り「前代未聞の非常事態」に、日本は、世界の先進諸国と比べ、想像を遥かに下回る犠牲者で済んでいます(今のところ)。 これは日本の医療従事者たち(医師、看護士、介護職員、施設職員、救急搬送関係者、保健所職員、その他)が、真摯かつ迅速な活躍をされたからです。そして、今なお、この新型コロナ禍を乗り切るべく、奮闘されています。
しかし中には、自称・医療関係者のみならず、過去に名を馳せた研究者からも、手を変え、品を変え、デマは未だに流れており、SNSや報道では、根拠不明の珍説奇説(はっきりとデマ)が見受けられます。 それでも幸いなことに(?)、多くの真っ当な医療関係者や研究者がデマの発信を否定してくださり、マトモには相手にされません。また、今のところ目につくものは、本コラムでも既に解説済みか、ネタにするのも憚られる、レベルの低い話ばかりです。不謹慎ながら、よほど面白くない限り、私も今後のコラムでは、取り上げるつもりはありません。 現在の日本の状況は? さて、ここからは冷静に、日本の現状をデータから解説したいと思います。現在、死亡者数からの分析は、ほぼ2か月遅れの公表となっているため、現況を把握するデータとしては不向きです。 したがって、本コラムでも取り上げません。国内で、今年(2023年)の5月8日以降、最もリアルタイムに近い感染者数の推計値を公表しているのは、第49回と第50回のコラムでご紹介した、モデルナ日本法人のデータでしょう。 誰がどう見ても、今は第9波の最中です。感染者数の増加に、圧倒的勢いこそないものの、まだピークを越えたとは言えません(図1)。
同じデータを3つの年代で分けたもの(19歳以下/20歳~59歳/60歳以上)でも傾向は同じく、夏休みに入って子供たちの間で感染の拡がりが抑まるとともにピークを迎えるかと思いきや、増加に転じているようです(図2)。 この夏は、久方ぶりに各所でイベントが再開されましたから、その影響かもしれません。しかし、このまま新学期に突入すると、さらに、子供たちを通じた感染拡大が予想されます。必要な感染対策(ワクチン接種/公共施設や交通機関での三密回避/手洗い・うがい・マスク)は、まだまだ必要です。
仙台市内における下水サーベイランス(市中の感染者数の指標)からの予測でも、高めの横ばい状態であり、油断できない状況が続きます。 次に、都内感染者のデータですが、現在流行中の新型コロナウイルスは、前回の解説(第50回)と同様に、ほぼ、グリフォン(XBB)の亜系統で占められています(図3 :7月末から8月初頭で94%)。目立った増加は、またもや、新たな変異系統のエリス(EG.5, (注3))です。
更なる変異系統の出現も こうした変異系統の出現にはウンザリしますが、今のところ、悲しいかな、更なる変異系統が出現する心配の種は絶えません。なぜなら、新型コロナウイルスは、「ヒトからヒトへ、さらに異種の動物をも介して、感染を重ねる度に変異を繰り返し、より巧妙に感染する性質が選抜され続けている」と考えられるからです。 つまり、新たな変異系統の出現を抑え込むには、集団レベルで感染拡大を防ぎ、個人レベルで感染対策を徹底することしかないのです。ある意味、近代医学が確立してからの原則と、何も変わりません。シンプルですが、感染症への対応としては、それがベストなのです。 対策の原理原則には変わりがないのですが、病原体としての新型コロナウイルスは、オミクロン株以降、少し様相を変えてきているように思えます。それは、PANGOリニエージの系統樹を見れば察せられるでしょう(図4、PANGOリニエージについては第27回を参照)。
前回、この系統樹を掲載したのは、第42回のコラムでした。そのときは、2021年末以降にデルタ株を押しのけて拡散するオミクロン株の勢いを説明したのですが、今では、その全てがオミクロン株を基にした変異系統で占められています。 専門的な説明は避けて、ざっくり言うと、こうした変異系統の違いは、主に、私たちの細胞に感染するためのスパイクタンパク質(spike protein)にあります。もちろん、あまりにスパイクタンパク質の形が変わりすぎると、そもそも感染する(細胞に結合する)ことが出来なくなりますし、そんなに変わりがなければ、ワクチン接種や感染による獲得免疫が認識(中和/抗原抗体反応)して、排除してくれるはずです。 その矛盾をすり抜けるがごとく、感染能を失わずに(あまり変わらず)、獲得免疫の認識が無視される程度に変異している(しっかり変わる)というわけです。オミクロン株の流行から、再感染(reinfection, 複数回の感染)やブレイクスルー感染(Break through infection, ワクチン接種後の感染)が目立つようになったのは、これが理由です。 そして、日本国内での感染者数は、それほどではありませんが(しかし確実にいます)、現在、世界中で関心を集めている変異体があります。図4の右下に注目してください。 ピロラ(BA.2.86, (注5))です。感染者の趨勢が、グリフォン(XBB)の亜系統で占められていると目される中、ピロラは、その親の系統から新たに変異してきた系統です。喩えていうなら、忘れたころにやってきた親戚のおじさんみたいなものでしょうか。このようなことがあるから、油断できません。
感染力と致死性について 全く嫌らしいこと、この上ないウイルスですが、幸いにして、感染性の強まりほどに、致死性は増していません。 新型コロナウイルスを本コラムで取り上げた当初は、それこそ普通感冒(いわゆる風邪)の原因の一つであるコロナウイルスが変異した、新型コロナウイルスの感染症、重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome, SARS(サーズ))や中東呼吸器症候群(Middle East Respiratory Syndrome, MERS(マーズ))の仲間とは伝えられていたものの、第9回で触れましたが、SARSで30カ国8000人に感染して致死率10%、MARSで27カ国2500人に感染して致死率35%弱と、なかなかに怖い病気でした。 正直なところ、私も説明しながら「もし日本で流行したら……」と想像して、背中に冷や汗が流れたものです。ただ、SARSもMARSも比較的短期に収束していたことがあってか、当時、日本社会の雰囲気は、文字通り「対岸の火事」だったと思います。 残念ながら、その後、世界中に広まる感染症(pandemic(パンデミック))となり、WHO は、2023年8月19日時点で、感染者数が7億7千万人弱と報告しています。ワクチンや治療法の開発によって、現時点での致死率こそ1%程度に抑えられていますが、それでも単純計算の死者数は700万人弱に達します。もし、これが致死率3割だったと思うと、……ゾッとします。 しかしながら、感染性の高さほど致死性が増していないことは、このウイルスの、さらなる嫌らしさを意味する、とも言えます。つまり、「感染しても平気」「感染対策なんて面倒」と思う人たちの間で、感染が続く限り、ウイルスの変異も続くだろうからです。 2023年8月末時点で、PANGOリニエージの系統樹(図4)に登録されている遺伝子型の数は5460個、PANGOリニエージの変異系統名に使用されるアルファベットは、”JB”に達しています。第27回では冗談半分だった「”ZZ”になってほしくない」を笑えなくなってきました。 現状での政策を見る限り、新型コロナウイルスの感染抑制に取り組む、国(政府)の積極的な意志は感じられません。あくまでも「個人の判断をサポートする」に留まるようです。 もちろん「最善の判断の参考」は発信されていますが。そうした中で、私たちが「個人」で行える「最善の判断」は、やはり、基本の感染対策である「三密回避」と「手洗い・うがい」「公共施設や交通機関での適切なマスク」、そして「ワクチン接種」です。
2023年9月20日からは、秋の接種が始まります(全て打つと7回目)。早い人は、もう役所から接種券と案内が届いているのではないでしょうか。 日本医師会が「過去の副反応が強かった人は、ワクチン接種には慎重に」と呼びかけたというニュースが流れたことで心配された方もおられるようですが、これは記事のタイトルがミスリードです。 正確には、ここで言う「副反応」とは、発熱や倦怠感、接種部位の痛みのこと”ではなく”、アナフィラキシーショック(急性アレルギー)や心筋炎のことで、普通の人には関係ありません。むしろ日本医師会は接種を積極的に推奨しています。 発症から7~10日間は排出されるウイルス さて、S.T.さんの妹さん御夫婦の、勤め先の違いで感染後の対応が違う、というお話についてですが、5類に変更から明確な指標が無い以上、所属される組織の考え方に違いが出るのは仕方ないと思います。しかし、ウイルスの性質が変わらない以上、発症から7~10日はウイルスを排出していると考えるべきです。 ただし、体調に問題が無く、職場環境に適切な換気や衛生管理がされているのであれば、早期の復帰も可能でしょう。一応、厚労省の指針では、発症から5日間は外出を控えるようになっていますが、重症化リスクの高い方と同じスペースになる可能性があれば、10日間は控える方が無難だと思います。 ただし、換気やマスク、共用物の消毒などを適切に行えば、隔離のような厳密さ、までは必要ないと思います。何事も、やり過ぎると疲れます。 最後に、私の個人的な意見ではあるのですが、図1と図2で「確かに第9波だけど、第7~8波よりは緩やかじゃない?」と思った方に、このデータは5月8日以降、有料化した検査結果に基づくものだ、ということを強調しておきたいです。 実際の曲線が、どれ程に上向いているのか。そこは、読者の想像にお任せいたしますが、関東近郊の救急搬送が追いつかず、混乱が「ニュースにもならない」という現実も指摘しておきます。 |