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Column


第55回 帯状疱疹について
<質問>
本羅先生、こんにちは。先日、父方の祖父が「左胸の下辺りに発疹が出てピリピリする。虫にでも噛まれたかな?」と言ってまして、親父が「嫌な予感がするから」というので病院に連れて行ったのですが、なんと帯状疱疹と診断されました。

その日の夜に「よく気がついたね?」と親父に聞いたら、親父は「我慢強い爺さんが、わざわざ言って来るんだから、よっぽど痛かったんじゃないかな、と思って」とのこと。流石は親子!と思いつつも、もし自分なら親父の不調に気づいてやれるかな?と思うと少々心もとない気に…。

親父は「お前も俺くらいの年になれば分かるよ。俺も健康診断でアレコレ言われるようになるまで、親父どころか自分のことも気にならなかったんだ」と苦笑いしていました。そんなことがあってすぐ、ニュースで帯状疱疹が働き盛りや若い人にも増えていると目にしました。

そういえば、祖父を診てくれたお医者さんも「50歳から帯状疱疹の予防接種が受けられるんだよ。ただ任意接種だから高いし、無理にとは言わないけどね」と言ってました。

本羅先生、もしかして、今、帯状疱疹が流行っているのですか?
(東京都 N.M.)
(2023年11月)
<回答>
帯状疱疹の基礎知識
帯状疱疹(zoster)は早期診断で治療開始すれば、比較的軽く済みます。ただ、我慢強い方のようなので、もし、病状が進行していたのなら、すんなり痛みが和らぐとはいかないかもしれません。

後述しますが、帯状疱疹の後遺症は、痛みが長引く上に、現時点で寛解できる治療法が確立していないため、患者さんのQOL(quarity of life/生活の質:暮らしやすさ/不自由の少なさ)が著しく低下するのです。いずれにせよ、お爺さまの体調が悪化する前に診察を受けることができて何よりでした。

ここ数年、確かに、帯状疱疹の啓蒙キャンペーンを目にすることが増えたのは事実です。実際、「帯状疱疹啓発週間」が始められたのは、2022年2月のことです。


しかし、同じウイルス性疾患ではありながら、新型コロナ禍やインフルエンザの流行とは、少しニュアンスが異なります。どういうことか、順を追って説明することにしましょう。

まず、帯状疱疹とは、ある疾患の後遺症です。その疾患は水痘(すいとう:chicken pox / varicella)、いわゆる水疱瘡(みずぼうそう)です。皆さんも、子供の頃に罹ったことがあるのではないでしょうか。

典型的な水疱瘡では、感染から潜伏期間2週間程度(10~21日)で発疹が出ます。皮膚が痒く赤らみ、丘疹・水疱・膿疱(粘性液体の水疱)となり、痂皮化(かさぶた)して治癒します。経過に38度ほどの発熱と倦怠感を伴うことも多く、皮膚の二次性細菌感染や肺炎、髄膜炎、脳炎、小脳失調などの合併もあります。とはいえ、比較的予後の良い、小児に多い疾患です。

実際、水痘患者の9割以上が9歳以下と言われていて、かつては本邦でも年間100万人が発症していました。

感染メカニズムとワクチンの役割
「かつては」と書いたことには理由があります。それは、本邦では2014年来、新生児への水痘ワクチン定期接種が始まり、患者数が激減したからです。データで確認すると、ワクチンが驚くほど効果的だったことが分かります(図1)

図1 水痘の定点当たり年間患者報告数(2000年~2021年)
        ・2021年は第26週(6月)までのデータ。
        ・定点とは、全国約3,000か所の小児科定点医療機関のこと。
        ・定点および定点当たり患者報告数については第49回コラムを参照。 


水痘の原因となるウイルスは、その名もズバリ水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus, 略称:VZV)です。VZVは ヘルペスウイルスの仲間で、正式な学名はHuman herpesvirus 3 (略称:HHV-3)と言います。

ヘルペスと聞いて、「口唇ヘルペス」や「性器ヘルペス」といった、性感染症を連想される読者がおられるかもしれませんが、正解です。それらの原因となる、単純ヘルペスウイルス1型および2型(Herpes simplex virus 1 and 2, 略称:HSV-1, HSV-2)とVZVは、ウイルス学的に近しい存在です。

ただし、HSV-1とHSV-2は、主に皮膚や粘膜の接触で感染が広がるのに対し、VZVの感染経路は多彩で、感染性は極めて高く、麻疹(measles, はしか)程ではないにせよ、流行性耳下腺炎(Mumps, ムンプス/おたふく風邪)風疹(rubella, 本コラム第46回を参照)よりも感染力があります。

帯状疱疹の発症と治療
というのも、VZVは、水痘の発疹が表れる2日前から痂皮化するまで感染力を持つ上に、感染者の呼気を通じた空気感染や飛沫感染といった上気道(鼻咽腔)を経由する感染、さらには接触感染でも、と様々な経路で人から人へ伝染するのです。家庭内に感染者が出た場合、近親者は9割を超える確率で感染すると言われています。

主要な感染経路として、気道の粘膜にVZVが感染した場合のウイルスの挙動を描写しましょう。まずVZVは、粘膜下の細胞に感染して増殖すると、そこからリンパ節に移動して、さらに増殖を重ねます。

そして、リンパ節で増殖したウイルスは、血管に溢れて内臓に広がります(一次ウイルス血症)。次に、ウイルスは肝臓や脾臓の細胞に感染して、そこで大量に増殖します。大増殖したウイルスは、さらに血流に乗って全身に広がります(二次ウイルス血症)。

こうして全身に広がったウイルスは、ついに体表に達して皮膚に発疹を作るのです。潜伏期間の2週間、感染者の体内では、なかなかに凄まじいことが起きているようです。

先に、比較的予後は良いと述べたものの、VZVには、他のヘルペスウイルスと共通する、極めて厄介な特徴があります。それは、潜伏感染(注1)です。

(注1) 潜伏感染(latent infection): 感染性の病原体が体内に在るにもかかわらず、臨床症状が現れない状態。体外に病原体が排除されず維持された「持続感染(continuous infection; persistent infection)」の一種。ウイルス性疾患の場合、感染したウイルスが増殖を止めて、細胞内に留まり続ける現象のこと。潜伏感染したウイルスが再増殖を開始し、再び臨床症状を現すことを「回帰発症」という。

帯状疱疹と免疫系
普通、多くのウイルス種は、細胞に感染すると、細胞内のメカニズムを勝手に借用して半自動的に増殖します。増殖したウイルスのためにパンパンに膨らんだ細胞は、限界を超えると細胞膜が裂けて破れて死んでしまい、増殖したウイルスが死んだ細胞の周囲に撒き散らされます(感染細胞の溶解)。

インフルエンザウイルスなどは、もっとスマートに(?)、自らを複製して増殖しても、感染した細胞を破壊するまでには至りません(注2)

(注2) 異常を察知した免疫系が感染細胞を排除したり、感染細胞自身が「自ら細胞死を誘導すること(アポトーシス(apoptosis))」はある。

細胞膜を自らの外装と化して、ピョコっと顔を覗かせ、ムニュムニュと全身をはみ出させ、感染した細胞から自分をプチっと切り離して、細胞外に出ていきます(図2)

図2 インフルエンザウイルスの感染サイクル ~吸着から出芽・放出まで~
 1)親ウイルスが細胞に吸着・侵入して感染する(図右上)。
 2)ウイルスの部品を感染細胞内で合成する。
 3)部品が細胞膜内壁に集合して、細胞膜ごと盛り上がって出芽する。
 4)細胞外に、はみ出した細胞膜の中にウイルスの部品が包まれる。
 5)細胞の本体から切り離して、子孫ウイルスが放出される(図右下)。

 参考)https://www.kansenshou.com/influenza-virus-2/

ところが、ヘルペスウイルスの仲間を含む、一部のウイルス達は、感染した細胞や、その細胞の近くにいる別の細胞に移動して、そこに潜伏感染するのです。ことにVZVは、初感染で水痘として皮膚に発疹を発症して痂皮化すると、皮膚の感覚神経末端から神経線維を遡って脊髄後角の後根神経節(図3)に辿り着き、そこを生涯の根城とします。

この「生涯の」という言葉は、ウイルスのみならず、感染したヒトに対する修飾語でもあります。つまり、現時点では、VZVに一度感染すると、言葉通りの意味で「死ぬまで付きまとわれる」ことになるわけです。また、その”根城”が厄介極まりないのです。

図3 背骨と脊髄の解剖図(A)および感覚刺激の神経回路(B)
 ・脊髄は背側から感覚神経を、腹側から運動神経を出している。
 ・感覚神経の線維には、脊髄外に神経細胞(ニューロン)の集合体である神経節があり、これを「後根神経節」または「脊髄神経節」と言う(Aの赤い囲み)。
 ・運動神経の線維は、神経節を持たない。
 ・皮膚の感覚は、感覚神経(Bの「一次求心性線維」)を通じ、脊髄後角の神経細胞に信号として送られ、さらに脊髄後角の神経細胞から神経線維が脊髄を上行して、脳に信号を送る。 


図3で説明しましたが、後根神経節には、感覚の神経線維における細胞体、つまりニューロンが集まっており、ニューロンの世話をするグリア細胞も含まれます。皮膚から感覚神経の線維を遡ったVZVは、後根神経節内のグリア細胞に移って潜伏感染します。

そして、感染者は皮膚症状が回復すると日常生活に戻りますが、何らかの切っ掛けで、免疫系の能力が下がると、VZVが再活動し、増殖を始めます。増えたVZVは、感覚神経の線維を通って皮膚に移動し、痛みや痒みを伴う発疹を作るのです。

これが、帯状疱疹です。そして、一部の患者は、無症状の潜伏感染と痛みや痒みの伴う回帰発症を繰り返します。

先に、帯状疱疹が水痘の後遺症と説明した理由が、これでお分かりいただけたでしょう。そして、感覚神経にウイルスが巣食うため、生涯にわたって感染者を苦しめることも理解されたと思います。

さらに大きな問題となるのが、帯状疱疹後神経痛(Postherpetic neuralgia, PHN)です。PHNは、特に帯状疱疹の初期症状が強い人の合併症で、皮疹が軽快した後も続く、神経障害性疼痛です。現時点では、PHNから完全に回復できる治療法は確立されておらず、患者さんに合わせて長期にわたり痛みをコントロールする必要があります。

余談ですが、実は、研究者時代に、PHNの発症メカニズム解明の研究を少し手伝ったことがあります。ラットの脊髄後角の感覚神経ニューロンを培養する方法を開発して、VZV由来の物質が感覚神経ニューロンを異常発達させることを確認しました。

つまり、潜伏感染する後根神経節から回帰発症して分泌される物質が、脊髄後角の感覚神経ニューロンを異常発達させて、PHNを発症しているのではないか?という仮説が考えられるわけです。

閑話休題。ここまで分かっていながら、なぜ治療が困難なのか?という理由には、もう少し説明を加える必要があるかもしれません。それは、抗ウイルス薬の根本的な問題と、言い換えられます。そもそも、抗ウイルス薬は、病原となる細菌を直接的に攻撃する抗生物質(antibiotic)とは異なります(注3)

(注3) 抗生物質については、本コラム第41回を参照。


細菌と違って、ウイルスは細胞体を持ちません。また、細菌は、細胞体を持ちますが、感染者たる動植物とは細胞のタイプが異なります(細菌は原核生物、動植物は真核生物)。したがって、ざっくりと言えば「細菌の害になり、私達に影響しない物質」が、抗生物質の候補になります。

先に説明したように、ウイルスは感染した細胞内のメカニズムを拝借して自身を増殖します。そして増殖が進む過程では、細胞内にウイルス自身は存在せず、情報体としての核酸だけが機能しています。

したがって、単純にウイルスを攻撃しようとすると、細胞内のメカニズムに干渉することになり、私達にとっても毒薬となるのです。抗生物質のように「ウイルスの害になり、私達に影響しない物質」が抗ウイルス薬の候補となるわけですが、ウイルスは、人類その他、動物植物を問わず細菌まで含む、細胞を基本とする全ての生命体とは明らかに違う進化を遂げています。

ウイルスの感染や増殖に関わる分子は極めて多様性が高く、今のところは、ウイルス毎に治療薬の開発を必要とするのが現状です。

ヘルペスウイルス感染症に投与される治療薬の代表選手は、アシクロビル (Aciclovir) です。ざっくり言うと、アシクロビルは核酸の偽物で、ヘルペスウイルスが自身の核酸をコピーする邪魔をして、ウイルスの増殖を妨げます。このタイプの抗ウイルス薬については、本コラム第13回で解説したので参照してください。

ただし、この手の抗ウイルス薬は、あくまでウイルスの増殖を抑えて症状の拡がりを止めることにあって、ウイルスを殺すわけではありません。ですから、痛みや痒みをもたらす皮膚の炎症を抑えるには消炎鎮痛薬が必要です。しかも、症状が落ち着くや、再び潜伏感染となり、別の機会に回帰発症します。

アシクロビルなど、ヘルペスウイルスの抗ウイルス薬は、増殖を抑えるのが薬理作用ですから、ウイルス自身が増殖を停止した潜伏感染の間は効果がありません。簡単に言うと、潜伏感染したウイルスを攻撃する手段のないことが、現状で帯状疱疹に完治が望めない理由です。

しかし見方を変えれば、VZVが潜伏感染のままであれば帯状疱疹は発症しない、とも言えます。潜伏感染から回帰発症に至るメカニズムは未解明で研究のさなかですが、先に「何らかの切っ掛けで、免疫系の能力が下がると~」と説明しました。

その切っ掛けについては、今のところ「50歳から加齢に伴って増加」し、「疲労やストレス」「季節の変わり目」などで発症する人が多いようです。もちろん、免疫系の病気があると発症しやすくなります。

さて、N.M.さんがご覧になったものと同じではないかもしれませんが、通常より若い世代に帯状疱疹が増えていることがニュースになっていたのを、私も確認しました。

参考) 「急増する働き盛りの帯状疱疹 発症率約2倍に増加、予防接種が影響」  https://www.asahi.com/articles/ASRCN6448RCNUTFL00K.html

ただ、ちょっとコレは記事のタイトルがいただけません。まるで、予防接種が悪者であるかのような書き方です。専門家の端くれとしては、正しく理解して、正しく伝えていただきたいと願います。

そもそも、先に説明したように、特に帯状疱疹が問題になるのは、免疫機能の衰える高齢者世代です。

帯状疱疹予防のためのワクチン接種
たしかに20代から40代といった従来よりも若い世代の発症が、水痘の定期接種が導入された2014年以降、顕著に増えていることは事実です。しかし、それは、ちゃんと記事を読めば理由が分かります。私の解説も加えてまとめてみましょう。まずは前提となる基礎知識から。

・VZVに感染して得られた獲得免疫は、数年で衰える。
・しかし、潜伏感染中に外部から再感染すると、VZVの獲得免疫も再活性化する(ブースター効果(注4))。
・高齢者は免疫機能が低下し、ブースター効果が得られにくくなるので、帯状疱疹を発症しやすい。

(注4) ブースター効果(booster effect): 
「追加免疫効果」とも言う。抗原と、時間をおいて複数回接触することで、免疫機能が強化される現象。免疫の親和性成熟(affinity maturation)による(本コラム第40回)。

次に、この前提を踏まえて、なぜ若い世代の患者が増えたのかをまとめます。

・新生児のワクチン定期接種が、小児世代の水痘発症を極端に減らした。
・潜伏感染している世代が再感染する機会も、極端に減った。
・VZVの獲得免疫が不活化した若い世代が増え、彼らが帯状疱疹を発症しやすくなった。

つまり、若い世代に帯状疱疹が増えている理由は、「水痘ワクチン定期接種で小児水痘患者との接触が減ったことにより、若い世代のVZV免疫が不活化した」から、ということです。先のニュース記事、タイトルも確かに間違いではないのですが、もう少し書き方を考えてほしいものです。私なら「予防接種で水ぼうそう激減 帯状疱疹の急増と鏡像関係に?」と書くかな。いかがでしょうか。


さて。
ということは、若い世代や高齢者に安全なブースター効果を与えられるなら、問題解決となるはずです。では、安全にブースター効果を得るには、どうすればよいでしょうか。そう、ワクチンです。

実は、VZVのワクチンは、日本人研究者が弱毒化したウイルス「Oka株」が元になっています。”Oka”は、元のウイルスを分離した水痘患児の苗字「岡」に由来するのだとか。

現在、世界中で接種され、安全性も効能も高く評価されており、WHOから推奨される唯一の水痘ワクチン株です。日本で新生児の定期接種に用いられている、このワクチンが、帯状疱疹の予防接種としても利用できる認可が下りたのは2016年のことでした。

ここまでの解説で、最近になって「帯状疱疹の啓蒙キャンペーン」が始まったことの意味が理解できると思います。また、N.M.さんが、お医者さんから聞いた「50歳から帯状疱疹の予防接種が受けられる」ことの背景も分かると思います。

ただ、お医者さんがおっしゃったように、今のところは任意接種のため、全額自己負担となります。医療機関によって費用は異なるようですが、2~5万円弱は必要なようです。自治体によっては、接種費用の助成もあるということですが、国でも議論が進められているようです。

残念ながら、私の地域では助成がありませんが、いわゆる「市民の声」として「市は助成してくれないのか?」という意見は挙げられているようで、市からの回答は「国の方針に従って行うため、現在は予定がないが、国に働きかけている」ということでした。私も対象年齢なので、接種したいとは思うのですが、如何せん、費用で躊躇しています(苦笑)。