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Column


第50回 新型コロナウイルス(7) ~子供の風邪~
<質問>
本羅先生、こんにちは。先日のニュースで、尾身先生が、新型コロナ禍の第9波に入っているかもしれないと言われていて驚きました。最近の通勤電車では、パッと見で10人中3~4人はマスクをしていませんし、もちろん、咳き込む方もおられません。私の職場や仕事先でも、新型コロナで休まれる方は、ほとんど見かけなくなりましたので、そろそろ流行も終わりかな?と思っていたのです。
とはいえ、私の職場では、お子さんの風邪で休まれたり、遅参されたりする方は、増えたような気がします。

お子さんのおられる同僚や先輩の話では、新型コロナやインフルエンザの他に、子供達の間で酷い風邪が流行っていて、学級閉鎖になる学校もあるのだとか。このコロナ禍で、子供の免疫力が弱ってしまったせいではないかと、親御さん達は心配しているようです。

本羅先生、実際のところ、新型コロナ禍は、どのような様子でしょうか? また、子供達の風邪は大丈夫なのでしょうか? (東京都 R.T.)
(2023年6月)
<回答>
第5類に変更されて
R.T.さん、ご質問ありがとうございます。2023年5月8日に新型コロナウイルス感染症の法的な扱いが5類に変更され、私たち各自の判断が優先されるように、公的な規制が緩和されてから1ヶ月以上が過ぎました。ニュースでの尾身先生のコメントは6月14日で、「5類に変更後の1ヶ月で感染者数が2.5倍に増えたことを受けて、今後、感染拡大の可能性がある」というお話でした。また6月26日にも、岸田総理との面会で同様の提言をされたとのことです。


ただし、変更前とは感染者の数え方に違いがあるため、厳密には、変更前までのデータと今を並べての比較はできません。先月(第49回)のインフルエンザで解説したように、5類感染症における患者数の集計は、定点(各都道府県が選定する特定の医療機関)あたり7日間(月曜~日曜)の総患者数を翌週の金曜日に報告しますから、公表までのタイムラグが2週間ほどありますし、全ての感染者が把握されるわけでもありません。

また、6月16日には厚労省でも記者会見があり、「5類移行後も感染者数の緩やかな増加が続いているが、増加傾向の規模や期間などの予測は現時点で難しい」とのことでした。


前回(第48回)に解説しましたが、今は、感染者数や死亡者数等の毎日の公表が無くなるなど、いわゆるサーベイランス(surveillance, 感染症の調査・監視)が緩んでいますし、入院調整などが原則として行政から医療施設に移るようになって、一部の医療施設に負担が集中するなど、悲しいかな、ある意味で予想通りの混乱も生じているようです。

第5類になって、発熱外来は縮小していますし、「どこでも診療できる」ように変わった一方、むしろ病院の待合室での感染や、医療従事者を含む院内感染によるクラスターの発生が見られます。これまでとは違い、PCR検査や抗体検査も「有料なら受けたくない」という患者さんが一定数おられるようで、さらにサーベイランスを不確かなものにしています。

もちろんのこと、怖がらせたいわけではないのですが、今のところ、R.T.さんが思われるよりも、ご自身の周囲に感染者はおられると考えるべきでしょう。実際、6月23日時点の公表値(6月12日~18日の定点あたり総患者数)では、11週連続の増加傾向にありますし、一部の県では、既に、医療が逼迫しているようです。特に、沖縄などでは、重症ないし緊急以外の患者は安静待機するよう求められており、既に逼迫を超えて、崩壊との声も聞こえます。


また、先月(第49回)ご紹介した、モデルナの日本法人が公表している、1日あたり患者数推計値で、新型コロナ禍をみると、過去の波より立ち上がりは緩やかながらも、確実に患者数は増え続けています(図1)


(注1) 公表値の患者数は5月8日まで。推計値は、「エムスリー株式会社 (M3, Inc.)」が独自に構築するデータベースの「日本臨床実態調査(Japan Medical Data Survey, JAMDAS)」による。
参考)   https://moderna-epi-report.jp/

さらに、この推計値を大きく3つの年代で分けて見ると(19歳以下/20歳~59歳/60歳以上)、これまでの傾向として、ざっくり、社会活動のメインである年代(20歳~59歳)が感染流行の波を先導し、他世代の感染者が、それに続くことが分かります(図2)


そして、緩やかとは言いつつも、同じ傾向は、2023年3月後半から3か月弱ほど継続し、特に、5類に変更後、勢いを増しています。実際、増加傾向の半分は20歳~59歳ですから、結局は「社会活動の活性化」とともに感染者が増加したと看做せます。そして、この感染者増の勢いは、いつ一気に上昇しないとも限りません。これが、新型コロナ禍の現状だと思います。

もちろん、「社会活動にブレーキを掛けろ!」と言いたいわけではありません。感染症の流行状況に合わせた、適切な感染対策を意識することが大切なのです。これも前回(第48回)に触れましたが、社会全体で新型コロナ禍の被害を最小限にするためには、「ワクチンをブースター接種まで行うこと」と「三密回避と手洗い・うがい・マスクを適切に行うこと」、この2つが、最も基本で、かつ最重要なのです。

R.T.さんがご指摘のように、最近、マスクを外される方が、人混みや公共の交通機関で増えてきたことは、私も実感しています。街も、すっかり蒸し暑くなりましたし、マスクの不快さは増すばかりですから、私も気持ちは同じです。

ただ、これも前回(第48回)の繰り返しになりますが、夏の暑さでマスクを忌避した結果、どれほどの勢いで感染者が増えたのかを、今一度、思い返してほしいところです(図1の第7波)。今からの季節にマスクは不快ですが、第40回で指摘したように、「マスクが熱中症の危険因子である」というエビデンスはありませんし、日本救急医学会も「正しい熱中症対策と感染対策を並行するように」と提言しています。マスクの着脱は、周囲の状況で(三密を回避して)、適切に判断しましょう。


尾身先生は、慎重にも「かもしれない」とおっしゃられましたが、既に、新型コロナ禍の第9波は始まっているように思えます。これは、患者数の推移だけではありません。東北大による仙台市の下水サーベイランス(下水中のウイルス由来RNA濃度の測定)でも、2023年6月26日-7月2日の予測値は「第8波の入り口と同じレベルに達している」と報告されていることも付け加えておきます。


流行している新型コロナウイルスの亜系統についてですが、都内感染者のウイルスを解析した結果からは、グリフォン(XBB)の亜系統が、ほぼ全てを占めています(図3 :5月末から6月初頭で95%弱)。

これも、前回(第48回)解説したように、概ね、世界の流行を後追いしているのは間違いなく、クラーケン(XBB.1.5)からヒぺリオン(XBB.1.9.1)、そして、ヒぺリオンsib(XBB.1.9.2, (注3))、アークトゥルス(XBB.1.16)、さらにアクルックス(XBB.2.3)が流行しています。


(注2) 図3における「XBB」の割合は、「グリフォン」だけでなく、「クラーケン」と「ヒぺリオン」、「ヒぺリオンsib」、「アークトゥルス」、「アクルックス」を除く、全てのXBB亜系統を含んでいる。
(注3)  ヒぺリオンsib(Hyperion sib): 
PANGOリニエージXBB.1.9.2
ヒぺリオン(XBB.1.9.1)の亜系統。インドネシア(インドネシア共和国, Republic of Indonesia)、およびシンガポール(シンガポール共和国, Republic of Singapore)で発生したと見られる。東南アジアとヨーロッパ各地に広がっている。ちなみに、”sib”は”sibling”の略語で、本来は「血縁関係のある兄弟姉妹」を意味する。ただし、「性別や出生順」は意味に含まない。

さて、既に第9波が始まっているとしても、今まだ、勢いの緩やかな内に、各人が「適切な感染対策」を取れば、波の高さを抑えることはできるはずです。ただ、相変わらず、一部に「オミクロン株では重症化率も死亡率も下がり、怖くなくなった」という方がおられるようです。

以前から説明しているように(第34回や第40回)、それは明らかなデマです。最近も、ワクチン未接種者にとってのオミクロン株の毒性は中国武漢発のオリジナル株と変わらず、重症化率はワクチン接種により軽減することが研究報告されています。


以前からの繰り返しになりますが、データの見た目に、重症化率や死亡率が下がったのは、「ワクチンの普及」を前提とした、「重症化しない感染者数」の増大による数字のマジックです。

むしろ、これは、ウイルスの感染力が増した、つまり「オミクロン株は獲得免疫の中和作用を回避できるように変異した」ことの反映でもあります。そして、次々に現れるグリフォン(XBB)の亜系統は、さらに感染力を増し続けています。

子供たちのワクチン接種率
心配なのは、子供たちのワクチン接種率が、一向に増えないことです。2023年6月20日現在、小児(5~11歳)で3回の接種を終えたのが1割に満たず(9.7%)、乳幼児(生後6か月~4歳)に至っては100人中3人に届きません(2.8%)。日本小児科学会からは、2023年6月9日に、改めて、次のように提言されています。

●5類変更後の感染対策緩和で、これまでより多くの小児に、感染の危険性が高まります。
●引き続き、重症化の予防手段には、ワクチン接種が重要です。
●現時点で、ワクチン接種の利益は、副反応等の不利益を上回ります。
●以上のことから、生後6か月から17歳の、全ての小児に対して、ワクチン接種を推奨します。


世界中で、後遺症(罹患後症状, post COVID-19 condition)が深刻に問題視されている中、こればかりは、日本に後追いしないでほしいと、願うばかりです。

新型コロナ禍以外の呼吸器感染症
ところで、R.T.さんの職場でも問題となっているように、新型コロナ禍以外の呼吸器感染症についても、実は、妙な動きがあります。

まず、先月(第49回)に解説したインフルエンザですが、幸いにも、心配されるほどの大きな流行は見られず、九州の一部を除いて、ほぼ沈静化に向かっています。ただし、6月23日現在(6月12~18日)、全国的な定点あたり報告数は1.29人と、流行の基準値である「1人」を上回っています。

例年なら、もっと早い時期から「0人」でしたから、やはり異常事態ではあります。また、既に、南半球各国で次の流行が始まっており(北半球より半年ほど先行します)、このまま日本では完全に収束せず、次の流行に突入するやもしれず、今しばらく油断は禁物です。


妙な動きは、インフルエンザに限りません。小児の罹りやすい、複数の呼吸器感染症が、ほぼ同時に急増しています。それも、わざわざ、新型コロナ禍の5類変更と時期を重ねるかのごとく、です。

もちろん、例年にない事態です。6月23日現在(6月12~18日)、報告数の多い順で、ヘルパンギーナ(注4)、RSウイルス感染症(注5)、A群溶血性連鎖球菌咽頭炎(注7)、手足口病(注8)、咽頭結膜熱(注9)が、代表的な疾患として挙げられます。これらも5類感染症なので、定点あたり報告数が調査されています。

(注4) ヘルパンギーナ(Herpangina) :
炎症性の皮膚疾患(主に帯状疱疹)を意味するギリシャ語由来の「ヘルペス(herpes)」と咽頭痛を意味する「米:アンギナ/英:アンジャイナ(angina)」の合成語。ウイルス性の疾患で、主に乳幼児が感染者の中心(9割が5歳以下/1歳児が最多)。温帯気候(Temperate climate)で夏季に流行する、いわゆる「夏風邪」。日本での流行期は通常5~9月(7月が最多)。ちなみに、熱帯気候(Tropical climate)では年中流行する(季節性がない)。主な病因は、エンテロウイルス属(enterovirus)コクサッキーウイルス(Coxsackievirus)の仲間(種類が多く、ワクチン開発が困難)。感染経路は、経口感染や飛沫感染、稀に出産直後の母子感染もある。エンテロウイルス属はヒトのみに感染する。感染者の腸管で増殖するため、別名「腸管ウイルス」。したがって、感染者の鼻咽頭分泌物の他、便にもウイルスが含まれている。典型的な病状としては、感染から2~4日(潜伏期間)で、「突発的な高熱(38~40℃)」と「口蓋垂(こうがいすい/のどちんこ)の左右や後方にできる炎症/水疱/潰瘍」を発症し、疾患名の由来となった強い咽頭痛、食欲減退や流涎(りゅうぜん/よだれ)が特徴である。通常、数日で解熱し、口腔内も快癒する。感染者からのウイルス排泄は、発症直後(急性期)が最大だが、回復後も2~4週間は便に含まれることがあるため、介護者の手指を介した、食品および水の汚染が感染を広げないよう、感染対策は重要。特別な治療薬はなく、自宅での対症療法が主。稀に、髄膜炎や急性心筋炎を合併した場合は、入院が必要。成人では稀だが、体力や免疫の低下により、感染の可能性あり。その場合、やや重い症状(高熱による強い倦怠感や関節痛など)が持続する。予防には、感染者との接触を避け、流行時のうがいや手指消毒の励行が推奨される。
(注5)  RSウイルス感染症 :
RSウイルス(respiratory syncytial virus, RSV)による呼吸器感染症。RSVは通称で、病因の正式な学名は、オルソニューモウイルス属(Orthopneumovirus)ヒトオルソニューモウイルス(Human orthopneumovirus)。RSVの自然宿主は、ヒト、チンパンジー、ウシ、ヤギ(ただし無症状)で、世界中に分布し、地理的ないし気候的に偏在しない。熱帯気候では雨季、温帯気候では冬季から初春に流行する、いわゆる「冬風邪」の代表だったが、近年は様子が異なる(注6)。ほぼ全てのヒトが感染経験を持ち、半数から7割の子供が1歳までに(残りも2歳までには)初感染するが、その後、終生に渡って再感染を繰り返す(つまり獲得免疫が付きにくい)。典型的な病状として、感染から2~8日(潜伏期間:多くは4~6日)で、「発熱と上気道症状(咳/鼻汁/咽頭の炎症)」が発症する。重症化する場合は、発症から数日で「下気道症状(気管支炎/肺炎)」を起こす。乳幼児(4歳以下)は、上気道症状が重くなりがちで、下気道症状を起こす危険性も高い(感染者の1/4~1/5)。特に、生後半年までの罹患は、重症化リスクが高く、1歳までは中耳炎の合併も多い。生後4週未満での感染例は少ないが、病状が非定型なため(呼吸器症状が無い/弱い等)診断の遅れることがあり、無呼吸による突然死の報告がある。再感染の病状は、成長とともに減弱し、成人では普通感冒(いわゆる風邪)と同じ。通常、1~2週間で軽快するが、しばらくウイルスの排泄は続く上、呼吸器症状の完全な回復に数週間かかることもある。また、高齢者および体力や免疫の低下した者には重症化リスクが高く、しばしば医療施設や長期療養施設内での集団発生が問題となる。治療の基本は対症療法だが、近年、高リスク児に対する予防的な抗体医薬の、パリビズマブ(Palivizumab, 商品名:シナジス(Synagis))が、アストラゼネカ株式会社(AstraZeneca K.K.)から開発されている。さらに、今年(2023年)の5月に高齢者向けのワクチンがアメリカで承認された(日本でも申請中)。また、妊婦および乳幼児に対するワクチン開発も進んでいる。


(注6) RSウイルス感染症の流行時期の変化 :
かつて日本では11~1月に流行していたが、2014年以降、夏季に沖縄から九州南部で流行が始まり、秋から冬に全国へ広がるようになった。流行のピークも時期が早まり、2015年に年末だったピークは、2017~2019年には9月となり、むしろ年末に収束するように変わった。理由は不明。
(注7)  A群溶血性連鎖球菌咽頭炎(Group A streptococcal pharyngitis) :
化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)による上気道感染症。「化膿レンサ球菌」は細菌学上の正式和名。検査で鑑別に用いる菌の性質から、臨床医学分野では「A群溶血性連鎖球菌」「A群β溶血性レンサ球菌」と表記し、「A群溶レン菌(Group A Streptococci, GAS)」と略す。ちなみに、医学や生物学での正式名称には、漢字表記の「連鎖」を使わず、カタカナ表記の「レンサ」が推奨されている(分類学上、Streptococcus属には「連鎖しない球菌」も含むため)。GASは健康な人も持つ常在菌だが、感染による化膿性疾患や産生毒素による全身性疾患、合併症による免疫性疾患など、菌の進入部位や感染臓器により、多彩な病因となる。一般にGASによる感染症は、温帯地域では普遍的かつ日常的な疾患で、年齢を問わない。GASによる咽頭炎は学童期に多く(小児咽頭炎の20~30%)、3歳以下ないし成人には少ない。典型的な病状としては、感染から2~5日(潜伏期間)で、「突然の高熱(38℃以上)」「上気道症状(咳/鼻汁/咽頭や扁桃腺の炎症による痛み)」「全身の倦怠感」が発症し、「嘔吐」を伴うこともある。抗生物質での治療が可能で、通常は、3~5日で解熱、7日ほどで快癒する。ただし、GASの毒素に免疫がないと、発熱から2日ほどで「猩紅熱(scarlet fever)」と呼ばれる全身症状を呈することがある。重症化の合併症として、肺炎、髄膜炎、敗血症、リウマチ熱、急性糸球体腎炎などがある。主に飛沫感染で広がり、感染性は発症直後(急性期)が最大だが、症状の緩和とともに減弱する。日本では、春から初夏と冬季に、流行のピークが見られる。
(注8)   手足口病(hand, foot and mouth disease:HFMD) :
ヘルパンギーナ(注4)と同じく、エンテロウイルス属(enterovirus)コクサッキーウイルス(Coxsackievirus)の仲間が病因。主な感染者は幼児(4歳以下/2歳以下が半数)だが、時折、学童期でも多発的に流行する(男子に多い傾向あり)。不顕性感染を含め、大半は学童期までに感染するため、成人の感染者は少ない。典型的な病状としては、感染から3~5日(潜伏期間)で、疾患名の由来となった「口腔粘膜と四肢末端の水疱性発疹(直径2~3mm)」を発症する。発疹は、肘・膝・臀部まで出現することもあり、口腔に小さな潰瘍を形成することもある。発熱は感染者の1/3に見られるが、軽度である(38℃以下)。ヘルパンギーナと同様、特別な治療薬はなく、自宅での対症療法が主。通常は、3~7日で軽快し、基本的に、予後は良好。ただし、稀に重症化し、中枢神経の合併症(急性髄膜炎や急性脳炎、小脳失調症、急性弛緩性麻痺(acute flaccid paralysis: AFP))を伴うことがある。近年、東アジアでは、しばしば、中枢神経の合併症と考えられる重症者および死亡者の増加する大流行が発生している。日本では、主に夏季に流行し、7月にピークが見られる。感染対策は、ヘルパンギーナに準ずる。
(注9)   咽頭結膜熱(pharyngoconjunctival fever, PCF, 俗称・プール熱) :
アデノウイルス科(Adenoviridae)マストアデノウイルス属(Mastadenovirus /哺乳類が宿主)の、ヒトアデノウイルス(human adenovirus, hAdV /ヒトが宿主)を病因とする急性呼吸器感染症。ちなみに、hAdVは多様で、現在、7種(A~G)に分類され、88の遺伝子型が知られている。hAdVの多様さは、それを病因とする疾患の多様さを意味し、咽頭結膜熱(PCF)を含む呼吸器疾患の他にも、眼(角膜/結膜)や消化器(胃/腸/肝臓/膵臓)、泌尿器(膀胱)、脳などで炎症性疾患の病因となる。一般に、hAdVの感染症に季節性はないが、PFCは、温帯気候では夏季に流行することが多い。かつては日本の流行も、6月に始まり7~8月がピークだったが、近年では、冬季にも流行している(10月に始まり12月がピーク)。主に小児が罹患し(5歳以下が60%)、特に、学童期の感染者が流行を形成する。また、新生児(生後2週間以内)は、全身性に感染して重症化しやすいと報告されている。主な感染経路は、上気道からの飛沫感染と、結膜(いわゆる白目から瞼の裏の粘膜)からの接触感染。俗称の「プール熱」は、水遊びや公衆浴場で集団感染することが理由(タオルの共用で感染することもある)。典型的な病状としては、感染から5~7日(潜伏期間)で、「発熱」と「結膜炎」、「上気道症状(咳/鼻汁/咽頭の炎症による痛み)」「全身の倦怠感」を発症し、「頭痛」を伴うこともある。結膜炎は、片目から生じ、後から他方にも生じることが多い。特別な治療薬はなく、対症療法が主。通常、各症状は3~5日で軽快し、基本的に、予後は良好。ただし、回復後も3~4週間はウイルスを排出していることから、学校保健安全法により出席停止が定められている。実際には、解熱後にウイルスの感染力は減弱するので、症状消失から2日間の登校を控えるように指示される。

特に、流行の挙動が不審なのは、ヘルパンギーナです。6月18日までの定点あたり報告数ですが、今年(2023年)の流行は、明らかに例年より1ヶ月ほど早いことが分かります(図4)。2020年から3年間、見事に流行を抑えた反動かもしれません。


また、RSウイルス感染症についても、今年(2023年)は、2021年の増加傾向と、ほぼ重なっており、ここ数年の内でも、かなり大きなピークになる心配があります(図5)。ただ、2020年は、ほぼ完全に抑えられていたものの、2021~2022年の増加については、別の分析が必要でしょう。


その他、A群溶血性連鎖球菌咽頭炎や手足口病、咽頭結膜熱については、現在、これまでも流行しやすい季節であり、先の2つの感染症ほどではありませんが、コロナ禍の3年間で抑えられていた流行が、平年並みに感染者を増やしています。

こうした緊急事態が起きていることに、「子供の免疫力が弱ってしまったのでは?」と心配する気持ちは分かります。しかし現場の医師たちからは、「普通の子供たちの免疫が良くない」という報告はありません。

ありもしないことの理由を「新型コロナ禍」や「長期の感染対策」に求めるのは間違いです。ただし、子供たちの緊急事態の原因が、長引く新型コロナ禍にあることは、当たらずとも遠からじ、です。

そもそも、呼吸器感染症の感染対策は、全て同じです。つまり、新型コロナ禍のパンデミックで感染対策を徹底したことにより、インフルエンザを含め、他の呼吸器感染症も抑えられていました。それが、今年になって、一度に押し寄せてきたのです。なぜ? 感染対策を緩めたからでしょう。

3月13日からマスク着用は個人の判断が基本となり、5月8日から新型コロナウイルス感染症が5類に変更されました。そのタイミングで各疾患の感染者が増えているのは、図4と図5を見れば、明らかです。

そして、図のデータ、つまり感染者は、子供たちなのです。子供たちにとっては新型コロナ禍が落ち着いたどころか、さらなる呼吸器感染症を引き連れ、危険性を増して、押し寄せてきたことになります。実際、中には、先に挙げた疾患を、複数同時に感染した子供の重症/死亡報告もあります。

当然、新型コロナウイルスに感染して、重症化する子供たちもいます。既に、各地域の小児科は、子供たちの呼吸器感染症でパンクしているようです。外来には電話がつながらず、すぐに予約も一杯となり、入院した子供が退院しても、間を置かずに、次の子供でベッドが埋まると聞きました。さらに、救急搬送に数時間かかる子供の例も、増えています。

繰り返しになりますが、5類に変更することが悪いわけではありません。しかし、感染対策が不適切だと、社会にブレーキがかかることも、事実です。今の状況では、今後の社会を担うべき子供たちを守る必要があります。

そのためにも、適切な感染対策が必要です。「公共の場における三密回避とマスク」「手洗い・うがい」は、最も一般的であり、即ち、最も有効です。そして新型コロナ禍については、どうか、ワクチン接種を広めてください。この夏、呼吸器感染症の流行と第9波の波の高さが、少しでも抑えられることを祈らずにはいられません。