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Column


第40回 新型コロナ禍(オミクロン株)とサル痘
<質問>
新型コロナ禍の第7波が凄い勢いですね。先日、ニュースで「日本の新規感染者数が世界最多になった」と聞いてビックリしました。これまで、日本は外国に比べて少なかったはずではありませんか。

でも、確かに、私の周囲でも、感染者は増えています。ワクチンを打てば重症化しないという話でしたが、とても心配です。私は3回打ちましたけど、副反応が辛かったです。

また、別のニュースで「サル痘が世界的な流行で、日本でも感染者が見つかった」と聞きました。また新しい感染症で怖いです。もしかして、サル痘のワクチンも打たなくてはいけませんか。今からビクビクしています。(東京都 A.I.)
(2022年8月)
<回答>
オミクロン株の被害を軽減するブースター接種
A.I.さん、ご質問ありがとうございます。第7波の勢いは、とんでもないですね。8月20日時点で第7波における新規感染者数増加の勢いは、第6波ピークの倍を軽く超えています(図1)。


相変わらず、「弱毒化している(重病化率や死亡率が低い)」という声も聞こえてきますが、第34回で解説したように、発症から重病化ないし死亡までの時間差を考慮しないデマです。

実際、死亡者数は、新規感染者数に遅れて増加しており、すでに第6波のピークを上回るも勢いは止まず、早晩、倍増するかもしれません(図2)。


また、第6波から、流行がオミクロン株(PANGO リニエージ:B.1.1.529)に変わりましたが(注1)、それを上回る第7波の流行は、オミクロン株の亜株(B.1.1.529.1 = BA.1, B.1.1.529.2 = BA.2, B.1.1.529.5 = BA.5)、特にBA.5の感染力の強さによるところが大のようです。
  (注1) 「PANGO リニエージ」については、第27回で解説しています。

しかし、ウイルスの変異もそうですが、日本での第7波は、ワクチン接種にブレーキがかかっているためでしょう。以下、8月15日時点のデータになりますが、2回の接種を完了した方は、20歳代以上の全世代でほぼ8割に達し、デルタ株の第5波までは、2回の接種で抑えこむことができました。

しかし、オミクロン株はかわし切れず、そのために必要な、ブースター接種(3回目、4回目)も行き渡っていません。3回目接種を終えた方は、60歳代以上では8割を超えましたが、50歳代で8割弱、40歳代で6割、30歳代で5割強、20歳代では5割を下回っており、これが、若い世代における、第7波の感染拡大の背景になっています。

実際、高齢者の感染状況と比べれば、ブースター接種が、オミクロン株による被害を軽減することは間違いありません。

極めて巧妙な免疫のメカニズム
とはいえ、ワクチンに懐疑的な人でなくとも、「なぜ同じワクチンを何度も接種して、変異したウイルスに対する免疫が得られるのか?」と疑問に思うかもしれません。その答えは、極めて巧妙な免疫のメカニズムにあります。

獲得免疫の全体像については、大きく二段階に分けられますが(第29回)、ざっくりと説明すると、一次応答では「抗原(≒異物)の認識と抗体作成能力」を獲得し、二次応答では「抗体作成の反応速度と作成量、および細胞性免疫」を増強します。

ここで、「抗体の性能」に注目すると、一般的に、二次応答では、親和性(≒抗原に結合する能力)の増した抗体が作られます。これは、二次応答における、メモリーB細胞(抗原を認識し、抗体を作成するB細胞)の特殊機能です。

メモリーB細胞は、認識した抗原に再び触れると、自身を増殖させます。そして、増殖と同時に、突然変異し、抗体を変化させます。つまり、メモリーB細胞の増殖に伴って、抗体のバリエーションが飛躍的に多様化します。

その中から、より親和性の高い抗体が選ばれます。このように、二次応答では、抗体作成システムが改善されます。これを免疫の親和性成熟(affinity maturation)と言います。

また、このときのメモリーB細胞の突然変異を体細胞超変異(Somatic hypermutation)と言います。体細胞超変異は、同じ抗原と接触する毎に繰り返され、抗体のバリエーションを増やします。

これは「特定の抗原に対する抗体の最適化(親和性増加)のメカニズム」であり、同時に「抗原の変化に親和性を追随させるメカニズム」でもあります。つまり、ブースター接種が体細胞超変異を増強することで、獲得免疫を抗原の変化(≒変異株)に対応させるわけです。

したがって、重症化リスクの高い「高齢者や基礎疾患を持つ者」は、オミクロン株の亜株に備えて、可能な限り早く4回目を接種するべきです。8月18日時点で、60歳代以上の4回目接種を終えた方は、まだ4割強に過ぎませんし、今後の動向が心配です。ちなみに、私は基礎疾患があるので4回目は済ませました。

第7波が感染拡大した原因は?
実は、第7波の感染拡大パターンは「会食その他の活動からのクラスター発生」とは違います。ですから、仮に、かつての緊急事態宣言のような飲食店の営業縮小や高齢者などの活動自粛では終息しないでしょう。では、今の感染拡大は、何が原因なのでしょうか。

それは「子供たち」です。非常に残念ながら、今回の第7波では、学校等で子供たちがクラスターになり、自宅に持ち帰って、家族に感染を広める、というパターンが多いのです。実際、夏休みに入って、子供たちの感染が減少すると同時に、大人たちの感染者増も横ばいになっています。

もちろん、子供たちは悪くなく、子供たちにワクチン接種が進んでいないことが原因なのです。8月15日時点で、12歳~19歳の子供たちの2回接種完了者は74.7%、3回目に至っては36.7%です。

そして、5歳~11歳で2回の接種を完了した子供たちは、たった17.1%です。さらに、5歳未満にはワクチン接種の機会すらありません。ファイザー社が7月14日に厚労省に申請したそうなので、急いで手続きを進めて欲しい所です。

また8月29日に、厚労省が5歳~11歳の3回目接種を承認する見通しとのことですが、まずは2回の接種を進めて欲しいところです。
   参考) https://nordot.app/920155213491912704?c=39546741839462401

加えて、「熱中症予防で、マスクを外す方が良い」というデマが広まったことも、感染拡大に拍車をかけました。「マスクが熱中症の危険因子である」というエビデンスはありませんし、「正しい熱中症対策と感染対策を並行するように」と、日本救急医学会からも提言があったにもかかわらず、です。
   参考) https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html
https://www.jaam.jp/info/2022/info-20220715.html

ワクチン接種についても、子供たちは控えるべきというデマが拡散しています(実際は、大人よりも副反応が少ないです)。結果、少なからず、重症化したり、亡くなったりした子供たちがいます(8月23日時点:10代以下の累積死亡者数、男児16名、女児10名)。

子供たちには軽症が多いことは事実です。しかし、ここでも「一般の方のイメージ」と、実際の症状は異なることを強調しておきます(図3)。


正確な指標、それは死亡者数
ところで、「日本の新規感染者数が世界最多になった」というニュースは、個人的には、誤報(false report)扱いです。確かに、WHOの報告データですが、現時点で、新規感染者の全数把握を律儀に行っている先進国は、日本と韓国くらいです。

諸外国では医療機関にかからない感染者が多すぎて、すでに全数把握は諦められています。第12回でも説明しましたが、日本ですら、不顕性感染者や、自己判断で治癒した感染者は計上されません。

つまりWHOが報告する「各国の新規感染者数」は、あくまで「公的機関に把握された感染者」に過ぎません。もちろん、それを踏まえて「傾向」は論じられます(私も第35回で用いました)。

やはり、正確な指標は、死亡者数です。そこで、第35回で比較した国の、人口100万人当たりの死亡者数を(図4)にまとめました(注2)


(注2) 第12回(2020年4月)に掲載した同様の図は、累積の死亡者数をグラフ化したもの。
今回とは、意味の異なるデータである。

基本的に、国毎の「新型コロナウイルス感染症の死亡率」は大差ないとすれば、感染者数は、「死亡者数=感染者数×死亡率」という計算式と、人口補正から概算できます。つまり、死亡者数のデータを見る限り、日本の感染者数が世界最多でないと分かるはずです。データの不正確さを無視した報道は、不実だと思います。

ただし、日本の第7波における死者(≒感染者)の増加が、かつてない勢いであることは事実です。実際、日本各地で発熱外来や小児科外来がパンクし、特に都会では救急搬送が限界に達しています。
   参考) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220810/k10013763681000.html

これほどの感染者増だと、普段なら救命可能な他の疾病で、治療が間に合わずに亡くなる方が増えるでしょう。また、夏休みが明けるとともに、感染者増が勢いを増す可能性は高いと思います。

今しばらくは、これまで通りの感染対策(手洗い/マスク/三密回避)を緩めることなく、ワクチン接種を可能な限り進め、事故や持病の悪化、体調管理に、より一層の注意を払う必要があると思います。

サル痘患者の確認
続いて、サル痘の話題です。
オミクロン株による第7波の流行に前後して、欧米各国でサル痘の患者が確認されました(第一例は、ナイジェリアに旅行したイギリス人です)。

これを受けて、2022年7月23日にWHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern)」の発生を宣言しました(PHEIC指定)。

WHOが、2005年に改訂された国際保健規則に従ってPHEIC 指定を行うのは、新型インフルエンザ(2009年)を初として、6度目の指定である新型コロナウイルス感染症(2020年)に続き、今回のサル痘で7度目となります。

WHOが指定を急いだことには理由があります。それは、サル痘がアフリカの風土病で、今回初めて、アフリカ外で感染者が増えたからでした。

サル痘の病原体は、サル痘ウイルス(Monkeypox virus, MPV)で、ポックスウイルス科(Family Poxviridae)のオルソポックスウイルス属(Orthopoxvirus)です。カンの良い読者はピンと来たかもしれませんが、サル痘ウイルスは、第35回で触れた、天然痘ウイルス(Variola virus)の親戚です。

天然痘ウイルスはヒトにだけ感染するウイルスでしたが、サル痘ウイルスはヒトを含む様々な動物に感染します(人獣共通感染症/名称はウイルスを発見・単離されたカニクイザルに由来)。

実際、オルソポックスウイルス属の多くが人獣共通感染症の病原体で、天然痘ウイルスは特殊なのです。そういえば天然痘の生ワクチンである種痘は、これまた親戚である牛痘ウイルス(cowpox virus)が、ヒトには弱毒性であることから採用されたのでした(注3)
   (注3) 実は、1939年に、種痘の有効成分が牛痘ウイルスではないことが分かった(英国人アラン・ワット・ダウニーの研究 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2065307/)。実際は、牛痘の膿に混在していたオルソポックスウイルス属の別種で、ワクチニアウイルス (Vaccinia virus, ワクシニア~とも)と命名されている。第36回で触れたように20世紀初頭までは「ウイルスそのもの」が知られていなかったので無理もないが、ワクチニアウイルスは品質管理の不十分さから変異しており、種痘開発当初の野生株は存在しない。ゲノム配列の比較から、おそらく、馬痘ウイルス(horsepox virus)由来の変異株と考えられている。

サル痘の症状と感染ルート
サル痘の症状は、やはり天然痘に類似しています。最大の特徴は「水泡 → 膿疱 → 痂疲(かさぶた)と経時変化する発疹」で、その他、「発熱」「倦怠感」「頭痛」「筋肉痛」「リンパ節腫脹」などです。

しかし致死率は1~10%と、天然痘(20~50%)よりも低く、対症療法が適切なら2~4週間で軽快します。また、感染から発症までの潜伏期間は、7~14日(最短5日、最長21日)です。

詳細は不明ながら、野生でのサル痘は、様々な動物(リスやネズミ、ウサギ、サル等)の間で感染しています。ヒトに感染するのは、感染動物からの「咬傷」や「血液・体液・発疹への接触」「食用時の加熱不足」などが原因です。

ヒト-ヒト感染については、天然痘より弱い感染力ながら、接触感染が主なものと考えられています。加えて、剥離した痂疲の付着した寝具などを通じた、間接的な接触感染もあるようです。空気感染はしませんが、飛沫感染することは分かっています。

今回のサル痘流行は、接触感染が主なようです。そして、感染者の9割以上が男性であったことに注目が集まりました。これは「女性が感染しにくい」わけではなく、感染者の多くが男性間性交渉者(Men who have Sex with Men / Males who have Sex with Males : MSM)であり、特に、複数のパートナーを持つコミュニティ内で流行したからです。

勘違いしないで欲しいのですが、サル痘は、ゲイやバイセクシャルに固有の疾患ではありません。そもそもアフリカでは、老若男女が感染しています。これを強調するのは、後天性免疫不全症候群、いわゆるエイズ(Acquired immune deficiency syndrome, AIDS)の前例があるからです。

1980年代、MSMや麻薬常習者を中心に流行したエイズに世界の注目が集まると、同時に、アンダーグラウンドなコミュニティに対して、強い社会的な偏見が広まりました。

当時、病原体のヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus, HIV)や病態生理が不明だったこともあるのでしょうが(注4)、その後の、現代に至る感染拡大を見れば(注5)、むしろ、そうした偏見や無知が社会的に有害なことは明らかです。

   (注4) エイズの公式な症例報告は1981年(ただし疑わしい症例は1950年代から見られた)、ウイルスの分離に成功したのが1983年、初の抗HIV薬が開発されたのが1987年のことである。
   (注5) 1980年代末から1990年初頭では、世界で数万人の患者数であったが、2020年末現在で、世界のHIV陽性者数は3770万人、新規HIV感染者数は年間150万人、エイズによる死亡者数は年間68万人である。

 参考)  https://api-net.jfap.or.jp/status/world/sheet2021.html

偏見やデマには気をつけて
感染者の属性に対する反感や無知による不安に振り回され、偏見やデマに流されると、むしろ感染は拡大します。これは、新型コロナ禍の第7波でも、如実に見られました。感染予防は、冷静かつ医学/科学的に行うべきです。

2022年8月現在、日本においてサル痘に感染していることが確認されたのは、7月末から8月初めにかけての男性4名です。1人目は都内在住の30代男性で、渡航先の欧州で後にサル痘と診断された方と接触歴があり、都内の医療機関で感染が確認されました。

2人目は北中米から来日している30代男性で、こちらも、都内の医療機関で確認されました。3人目は欧州から来日した30代男性で、千葉県の医療機関で確認されました。ここまでの3人は、国内での発症ですが、感染先は国外です。

4人目は都内在住の20代男性で、在日米軍関係者のため米軍の医療機関で確認されました。こちらは、海外渡航歴こそ無かったものの、発症前に短期間来日していた海外の方から国内で感染したようです。4人とも無関係で病状も安定しており、今のところ、国内で感染の広がる様子は無さそうです。

先に説明したように、サル痘は天然痘の親戚です。したがって、サル痘にも種痘(天然痘ワクチン)が効きます。ただし、現在、医療従事者や自衛隊隊員の一部を除いて、種痘をした日本人は、ほぼいません。

なぜなら、日本では1955年を最後に国内で天然痘感染者がおらず、1976年以降は種痘の定期接種が中止され、WHOが根絶を宣言した1980年以降は、法律的に種痘を廃止したからです。それでは、もし、急激にサル痘の感染が日本で拡大すると、どれほどの被害になるのでしょうか。

しかし、無暗に心配する必要は有りません。実は、天然痘やサル痘のどちらも、ウイルスに暴露して4日以内なら、種痘によって発症の予防が期待できますし、2週間以内なら重症化を予防できることが経験的に知られているからです。
   参考) https://www.cdc.gov/poxvirus/monkeypox/clinicians/smallpox-vaccine.html
#anchor_1545415186164

さらに、日本では、天然痘ワクチンとして、より副作用の少ない「ワクチニアウイルスの弱毒株」が開発されており、製造承認済かつ充分な量の備蓄があります。加えて、つい先日(2022年8月2日)には、そのワクチンに、サル痘予防の効能が追加承認されました。
   参考) https://www.mhlw.go.jp/content/11123000/000972185.pdf

したがってサル痘については、日本では、まず濃厚接触者や発症者に種痘すれば十分で、予防接種を積極的に考える必要はなさそうです。今のところ、慌てたり怯えたりせず、むしろ新型コロナ禍の感染対策を続けて、医療崩壊を緩和させてください。