Column
第25回 新型コロナウイルスに関するウソとホント(その3) |
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<質問> コロナ禍の自粛生活が辛いですね。緊急事態宣言も何度目の延長だろうかとウンザリしています。もちろん罹ってしまったら取り返しがつかないとは思っているのですが、運が良いのか、私の家族や親戚、友人知人からは感染の話を聞きません。 新型コロナウイルスなんて、別の世界みたいです。もちろん多くの犠牲者がおられることを思えば、「ただの風邪」とは言えないのですが。というのも最近、「さらに強力な変異株が広まって、20代や30代の若い世代が、ぞくぞくと重症化している」し、「回復後も、後遺症が残る」といった話がTVの情報番組でありました。 結局、新型コロナの対策にはワクチンしかないんですよね? でも、「全国の病院で、ワクチン接種した看護士さんたちが亡くなっている」という話や「mRNAワクチンの接種は私たちの遺伝子を改変するから、女性は不妊になるし、男性も妊娠させられなくなる。そんな危険なワクチンに頼らなくても、昔からある薬が特効薬になるのに、安価だから儲からないので認可されない」といった噂を聞くと、正直、ワクチンを打つ気がなくなります。どうせデマだろうとは思っているのですが、本当に大丈夫でしょうか。(東京都 T.K.)
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<回答> T.K.さん、ご質問ありがとうございます。繰り返される自粛要請には、本当に気持ちが倦んでしまいますよね。私も、幸いなことに、家族や親類縁者で新型コロナウイルスの感染者はいないのですが、勤め先の入っているビルでは、感染した従業員のおられる企業が何社もありますから、全く油断できない状況が続いています。もちろんリモートワークも継続中です。しかし業務上、全く出社しないわけにもいかないので、出勤時は細心の注意を払っています。 変異株について では、ご質問の内容に、順にお答えしていきましょう。まず「変異株」についてですが「強力な変異株が広まっている」というのは、「感染力の強さ」という意味では正しいです。 実際に、第21回で取り上げた英国型と南アフリカ型よりも、最近ではインド株とブラジル株の流行が問題になってきました。 RNAウイルスは突然変異しやすいので想定内だとはいえ、最近のインドでの感染者増のスピードからするに、インド株には注意するべきかもしれません。 とは言え、何株だろうが、ワクチンが届くまで私たちにできることは「マスク・手指殺菌・うがい」と「三密を避ける」ことに変わりはないのですが。 ちなみに、ウイルスに限らず、突然変異とは、塩基配列(base sequence)がランダムに変わることです。 塩基配列とはデオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid, DNA)やリボ核酸(ribonucleic acid, RNA)が繋がった並び方のことで、DNAやRNAは、その構造が持つ塩基で4種類あります。 便宜上、塩基配列は、この4種のアルファベット(DNAでは”A, G, T, C”、RNAでは”A, G, U, C”)を使って、DNAなら「……AAGTCTGG……」、RNAなら「……AAGUCUGG……」のように表記します。 遺伝子とは、この4種のアルファベットの並び(塩基配列)で表された情報のことです。主に、遺伝子には、生命活動に必要なタンパク質の情報が書かれてあります。 ウイルスが生命か否かには異論がありますが、今回の新型コロナウイルスで問題になる変異株は、ウイルスが細胞に取り付いて侵入する(感染)ために必要な、スパイクタンパク質(spike protein)の遺伝子が変異しているのです。 若い世代の重症化リスク しかしながら、T.K.さんがお聞きになられた「若い世代が重症化している」というのは、さすがにデマです。この情報の正誤は、国や都道府県から公式に発表されている統計データを確認すれば、事足ります。 重症者や死亡者の数は、全て報告の義務がありますから、集計のタイミングやミスで発表が遅れることはあっても、隠すことはできないはずです。 私が確認した限り、若い世代で重症化した事例は、ほとんどが基礎疾患など、以前から大きなリスクを持っていた人だけ、と言っても過言ではありません。TVの情報番組がネタ元のようですが、少し調べれば分かる嘘を流さないでほしいものですね。
後遺症について 「治っても、後遺症が残る」というのは、個人差がありすぎて、一概には言えなさそうです。今のところ「ほんの一部の人に、後遺症が残るかもしれない」くらいですし、少なくとも、全ての人に当てはまるわけではありません。 もちろん、可能性はゼロではないのですが、ごく稀な事例を大きく取り上げて恐怖心を煽るのは、これもTVの情報番組の常套手段ですね。 こうした話も、厚労省などの公式発表で確認すれば、裏を取るのは難しくありません。面倒なことではあるのですが、いい加減な報道が少なくない状況では、デマに振り回されないための自衛手段として、習慣にした方が良いでしょう。 看護師さんが亡くなっている??? 続けて、「全国の病院で、ワクチン接種した看護士さんたちが亡くなっている」という話ですが、これは明らかなデマです。もし、それが本当なら、日本中、いや、世界中がパニックになっているでしょう。 第23回で触れましたが、ワクチン接種後の副反応は全て報告されていますし、個人の特定がされない範囲ですが、各事例の詳細は公表されています。 私の確認できた限りでは、今回のワクチン接種後に亡くなった方で、ワクチン接種と因果関係の確認された方はおられません。元から、年齢が高く、基礎疾患をお持ちの方々がほとんどですし、死亡原因とワクチン接種を関連づけることは難しいと思います。 mRNAワクチンについて 次に「mRNAワクチンの接種は私たちの遺伝子を改変する」というのは、分子生物学をよく知らないゆえの誤解ですね。 mRNAは、細胞の中で、DNAの情報(遺伝子)を発現する(主にタンパク質を合成する)ときに働きます。まず、情報の書かれたDNA(塩基配列)から、必要な部分がコピーされるのですが、このコピーがmRNAで、言わば「タンパク質合成の指令書」です。 そして、mRNAは、リボソームという細胞小器官に指令を伝え、リボソームがタンパク質を合成します。 このように、遺伝子の情報が発現してタンパク質合成に至る経路は「DNA→mRNA→タンパク質」と一方通行なのです。 これをセントラルドグマ(central dogma)と言います。そして、指令を伝えたmRNAは、すぐに分解され、新たなコピーのために再利用されます。要するに、遺伝情報の流れが一方通行ですから、mRNAが遺伝子(DNA)を改変することはないことは理解できると思います。 ちなみに、今回のmRNAワクチンには、先ほど解説した「新型コロナウイルスのスパイクタンパク質遺伝子」のコピー(mRNA)が入っています。そのmRNAによって、私たちの体内で「スパイクタンパク質」が発現し、体内の免疫系が反応して、最終的に「新型コロナウイルスに対する免疫」ができる、という訳です。 ワクチンで不妊になる??? 「私たちの遺伝子を改変する」ことがデマですから、それに続く「不妊に関する話」も、当然、デマです。今回の件に限らず、「ワクチン接種で不妊になる」というのは、昔から反ワクチン団体がよく流すデマの一つです。他にも「ワクチンの添加物で子供たちが自閉症などの精神疾患になる」というデマがありますが、今回の遺伝子ワクチンは、これまでのワクチンと添加物が異なるためか、このデマを流す人はいないようです。 既存薬のなかにも特効薬がある??? 「昔からある薬が特効薬になる」という話は、おそらく「イベルメクチン(製品名:ストロメクトール)」や「ヒドロキシクロロキン(製品名:プラケニル)」のことと思います。 イベルメクチンは、北里大学の大村智博士が発見した寄生虫病の特効薬です。この功績で、大村博士は、2015年度のノーベル賞を受賞しています。ヒドロキシクロロキンは抗マラリア薬で、膠原病(自己免疫疾患)にも効能があります。 両者ともに、新型コロナウイルス感染者に投与して効果有りという報告があることは確かなのですが、一方で効果無しという報告もあり、現時点では、どちらとも言えません(臨床試験は行われているようです)。 ビタミンDについて 実は、カルシウム代謝に関係するビタミンDの不足が、新型コロナウイルスの感染に関係ありそうだ、という話もあります。 以前からインフルエンザのようなウイルス感染症にビタミンDが効くことが知られていましたが、最近、ビタミンDの血中濃度が正常値の人に新型コロナウイルスの感染者や重病者が少ないという論文が海外から出たようです。 日本人ではビタミンDの血中濃度が正常値の人は3割もいないというデータもあるようなので、積極的に摂取するのも良いでしょうが、そもそも因果関係は不明です。 そのためこれまでの日本の感染者数の少なさを考えると、重要なファクターと考えるには疑問があります。サプリを買い占めたりせず、太陽の光を浴びて皮膚でビタミンDの合成を促すくらいにしておきましょう。 ワクチン接種の申し込みなどについても、各地域でスムーズな所と混乱している所があるようですが、あと少しの間、冷静になって順番を待ちたいと思います。 |